エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
男女の「違い」を尊重することは、無数の個の違いを尊重すること。「らしさ」の押し付けになってはいけない(撮影・写真部・加藤夏子)
男女の「違い」を尊重することは、無数の個の違いを尊重すること。「らしさ」の押し付けになってはいけない(撮影・写真部・加藤夏子)

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 最近はジェンダー平等に関する議論に触れる機会が増えました。ときどき「男と女はそもそも異なっているのに、なんでも同じにするのは無理がある。違いを尊重するべきだ。ジェンダー平等を声高に叫ぶ人たちにはそれがわかっていない」という人がいます。ジェンダー格差や性差別をなくすことは、ジェンダーの異なりを否定することなのでしょうか。

 男女の違いを尊重するとは、どういうことでしょう。「出産のために仕事を休む女性に第一線の仕事は無理だ。それを不公平だと怒るのはおかしい。だって男性は出産できないのだから。違いを尊重しようではないか」。よく聞く理屈です。

 ここで尊重されているのは男女の違いではなく、男性の働き手しか想定していない従来の制度です。本当に男女の違いを尊重するなら、それぞれにキャリアが実現できるよう、職場の制度や風土を変えるべきですよね。働く人を人として大切にし、その上でジェンダーの違いに目を向ければ、自ずとそうなるはずです。違うものは違う、は思考停止。格差や差別を放置することです。

「なんでも男と同じにしろと要求するのは感情的だ。女性はしゃしゃり出ず、女性らしく生きるのが幸せだと思う。女性である私(あるいは妻・母など)が言うのだから本当だ」というのもよく聞きます。サンプル数1で全体を語る大胆な手法です。

 男女の違いを尊重することは、男性・女性の生き方を一つに決めることでしょうか。性差という大きな括りの中には、無数の個の違いが詰まっています。個の違いを認めなければ、単なる「男らしさ・女らしさ」の押し付けになってしまいます。

「違いの尊重」は、本当に違いの尊重なのか。耳にする機会が増えたからこそ、聞き流さないようにしたいです。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2021年8月16日号-8月23日合併号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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