エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
緊急事態宣言下の東京で、五輪開催の準備は着々と進む。7月13日には選手村がオープンした (c)朝日新聞社
緊急事態宣言下の東京で、五輪開催の準備は着々と進む。7月13日には選手村がオープンした (c)朝日新聞社

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】7月13日にオープンした選手村

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「菅」という字がつく政治家は、困難な時に権力の座につく巡り合わせなのでしょうか。未曽有の大震災や未知の感染症への対応は、誰が首相であっても完璧にはできないでしょう。前例のない事態に取り組んでいるのに、なぜダメ出しばかりされるのかと当人には納得のいかない思いがあるのかもしれません。その点では不運な首相とも言えますが、それにしても東京オリンピック・パラリンピックをめぐる菅義偉首相の言葉はあまりに虚ろです。7月8日の会見での「世界で40億人がテレビを通じて視聴すると言われるオリンピック・パラリンピックには、世界中の人々の心を一つにする力がある。新型コロナという大きな困難に直面する今だからこそ、世界が一つになれることを」という言葉には、思わず「菅さん、世界はとっくに一つだよ!」と呟いてしまいました。

 昨年来のパンデミックで、全世界が新型コロナウイルスの脅威に晒(さら)されています。文字通り一丸となって取り組むしか、この感染症の流行を終息させる方法はありません。今さら「スポーツで世界が一つになれる」とは、呑気(のんき)に過ぎやしないか?と思わずにいられません。オリパラ中継で40億人がテレビを見るのを待たずとも、すでに毎日、全世界がワクチンの普及状況や感染者数のニュースに注目しています。70億人が同じ危機に瀕しているのです。

 もし「世界を一つに」と本気で願うのなら、一人でも感染者を減らし、これ以上亡くなる人を増やさないために、オリパラの開催をやめるべきです。

 専門家の懸念にも耳を貸さない首相の言葉は「IOCのために、世界を一つに」と聞こえてなりません。アスリートもオリパラを愛する人びとも、スポーツで世界を脅威に晒すことなど望まないでしょう。本当に、やりきれない思いでいっぱいです。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2021年7月26日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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