若き藤井聡太王位(右)は同郷愛知の偉大な先輩・豊島将之竜王(左)に完敗を喫した。長丁場の七番勝負はまだ始まったばかり。第2局以降で修正できるか (c)朝日新聞社
若き藤井聡太王位(右)は同郷愛知の偉大な先輩・豊島将之竜王(左)に完敗を喫した。長丁場の七番勝負はまだ始まったばかり。第2局以降で修正できるか (c)朝日新聞社
AERA 2021年7月12日号より
AERA 2021年7月12日号より

 藤井聡太王位と豊島将之竜王が対決する王位戦七番勝負が6月29日から始まった。第1局は藤井が完敗し、豊島との通算成績は1勝7敗となった。このまま苦手に屈するのか。AERA 2021年7月12日号で、この1局について取り上げた。

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「苦手な棋士はいない」

 藤井聡太王位・棋聖(18)がそう語るのを聞いて、多くの将棋ファンはどよめいたはずだ。

 今年4月に公開されたABEMA(アベマ)トーナメントの関連動画。「一番苦手な棋士は?」というストレートな質問に、藤井は苦笑しながらも応じた。

「自分が一番公式戦で負けているのが豊島(将之)竜王(31)なんですけど、最近1勝できたので、もう苦手ではないということで。そういう気持ちでやっていきたいと思っているので。苦手な棋士はいないということでお願いします」

 勝率8割4分前後と将棋史上空前の勢いで勝ち続け、ほとんどの棋士を圧倒している藤井。しかし、豊島竜王・叡王にだけは昨年までに6連敗を喫していた。ラスボス、天敵、厚く高い壁。ファンや関係者は豊島をそんなふうに呼んだ。

「なぜ藤井は豊島に勝てないのか?」

 それは何度も繰り返し語られてきたテーマだ。

「藤井は同郷愛知県の偉大な先輩である豊島にまだ恐れ多さや苦手意識があるのではないか」
「相性がよくないのでは」
「まだ番数が少ない。実力伯仲でもそれぐらいの星の偏りはありうる」

 各人がいろいろなことを述べてきた。何が真実なのかは誰にもわからない。

■1月に連敗を止める

 今年1月の朝日杯将棋オープン戦。ついに藤井は豊島に勝った。トータルでは依然大きく負け越しているとはいえ、その1勝のインパクトは大きかった。

 藤井はおよそ大言壮語するタイプではない。その藤井がもう「苦手な棋士はいない」と言う。ならば藤井はもう実質的に無敵ではないか? そんなムードも漂う中、藤井王位に豊島挑戦者が挑む七番勝負は6月29日に開幕した。

「令和の天才か 最強の刺客か」

 今期王位戦のポスターに大きく書かれたキャッチコピーだ。もちろん「令和の天才」は藤井王位。「最強の刺客」とは豊島挑戦者のことだ。「刺客」という表現は、両者の関係の一端を表している。

 とはいえ、インターネット上では「竜王を格下扱いするのはいかがなものか」という声も聞かれた。現在の将棋界の席次(序列)は上から順に1位は渡辺明名人・棋王・王将(37)。2位は豊島竜王・叡王。3位は藤井王位・棋聖。多くのファンのイメージでは、豊島は刺客というより、藤井の城に攻め込んできたラスボス格かもしれない。

 筆者が見聞きした限りでは、今期王位戦は藤井ノリの声が多かった。それも無理はない。藤井は渡辺や豊島を破って半年ほど無敗で公式戦19連勝を達成。棋聖戦五番勝負では渡辺を相手に2連勝。前述の理由で、豊島も絶対的な壁には見えなくなっていた。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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