一方の渡辺は本格正統派でありつつも、戦略家だ。大舞台においても、ときにあっと驚くような意表の作戦を披露してきた。精度の高い研究がヒットすれば、昨年第3局のような渡辺の完勝も見られそうだ。

 渡辺は5月29日、名人戦で初防衛を果たした。あとは藤井との棋聖戦に全集中することも可能なスケジュールだ。

■殺人的な過密日程も敵

 一方で藤井は棋聖戦だけではなく、並行して王位戦七番勝負でも防衛戦を戦う。王位挑戦者は、藤井が1勝6敗と大きく負け越している豊島将之二冠(31)で、言うまでもなくこちらも強敵だ。さらに藤井は叡王戦や竜王戦など、他の棋戦でも勝ち残っており、このまま勝ち進めば殺人的な過密スケジュールも予想される。トップクラスの宿命とはいえ、若い藤井にとっても過酷な日々となることに違いはない。

 藤井と渡辺はどちらも早熟の天才である。渡辺もまた、いくつもの最年少記録を打ち立ててきた。その一つが2005年、21歳7カ月のときに達成した最年少九段の記録だ。

「それが破られると、自分が持っている最年少系の記録は全滅します」

 渡辺は自嘲気味に自身のブログで書いている。7月19日の誕生日を迎えても19歳の藤井がタイトル3期目を獲得すれば規定をクリアし、史上最年少九段を達成する。藤井が九段に昇段するのは時間の問題だが、渡辺が今期直接たたけば、記録達成を遅らせることが可能だ。

 渡辺は20歳で初タイトルの竜王位を獲得して以来、現在に至るまで無冠になったことはない。あの羽生ですら初防衛戦には失敗し、わずかの間、無冠になった時期があった。初戴冠以来これだけ長きにわたってタイトルを保持し続けた例はない。もし渡辺と豊島が藤井を無冠に追い込めば、そちらの渡辺の記録も守られる。

「いまは藤井君にどう勝つのか、そこを解決しないことには、僕も無冠になるでしょう」

 渡辺はそう覚悟を語っていた。藤井があっという間に棋界を制覇していくのか。それとも渡辺がストップをかけるのか。将棋界の未来をうらなうシリーズとなりそうだ。(ライター・松本博文)

AERA 2021年6月7日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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