「リベンジという気持ちもあります」

 3位に終わった世界選手権ではフリーでミスが続いた。来季も続ける予定のプログラムだからこそ、納得できるもので終わりたかったのだ。

■3回転半を2本成功

 いざ臨んだ今季締めくくりの演技。2本目のジャンプの4回転サルコーでは、6分間練習と同じ地点で跳んでしまったため、自身のエッジで削っていた溝にはまるという不運に見舞われて1回転に。だが、ここから集中を切らさなかった。世界選手権で失敗したトリプルアクセルを2本成功。中でも最後のアクセルは高く、幅のある放物線を描き、GOEは3.04点。得点は193.76点をマークした。

「世界選手権の記憶もかぶりましたが、絶対にきれいに決めてやると。力を感じず、スムーズに、高さもあるベストのアクセルだったと思います」

 そして、こうも言った。

「4回転半(クワッドアクセル)に続く道をここで示すんだという気持ちでした。来季は4回転半を目指して、4回転半がそろった完成された演技を目指して、頑張っていきます」

 前人未到の大技へ。意欲を身をもって示す場はすぐに訪れた。

 フリー翌日、エキシビションに向けた練習。リンクに入る時点から表情に気合がみなぎり、いつもと違う雰囲気を漂わせた。3分でジャージーを脱ぎ捨てる。4回転ジャンプもすぐに決めた。曲をかけてのリハーサルを終えると、アクセルを確認。1回転半や2回転半の後、ついにその瞬間はやってきた。

 長い助走から、高く舞い上がる。空中で細い軸を保ちながら思い切り体を回した。1、2、3、4回転。そして、「バタン」。体を強く氷に打ち付ける衝撃音が会場に響いた。

■観客から大きな拍手

 観客からのマスク越しの悲鳴が聞こえる中、羽生は悔しそうな表情を浮かべ、立ち上がった。大きな拍手を受けると、自らを奮い立たせてまたトライした。何度も、何度も。転倒は6度。回転が抜けたジャンプも含めれば、10回以上のチャレンジで着氷には至らなかった。

 羽生が公の場でクワッドアクセルに挑んだのは2019年12月のグランプリ(GP)ファイナル(トリノ)での公式練習以来だった。その時との一番の違いは、単に跳ぶだけではなくフリーの流れを意識した形だったことだ。冒頭の4回転ループを入れているまさにその場所で、プログラムの動きを交えながら踏み切った。なぜ、このタイミングで練習したのか。

「試合の場所でやることに意義があると思いました。(今後は)また一人で練習することになると思うので、上手な選手の前でやったほうが刺激があり、イメージが固まりやすいと思いました」

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