「最初は『どうやって作っているのだろう』という関心から取材がスタートするのですが、実際にうかがってみると面白いだけでは済みません。現場で働く方々の人間的な魅力に触れて、ものを作っている人間こそが尊いんだとよくわかりました」

 本書の大きな魅力は、作家である小川さんならではの表現を堪能できることだ。決して身近ではない工場でも、小川さんにかかると魅力的で特別な場所として描かれる。

「小説を書くときにも自分のイメージする世界を描写するのですが、今回のように目の前に実物があるときには、より正確さが求められます。工場で行われている繊細で複雑な働きについて言葉で書くのは、不可能だと思いつつ、作家とはその不可能にぶつかって、負けるとわかっていても描くものですからね」

 小川さんはそう語るが、本を開けば、人と機械が一体となってものを作り上げる、精妙で美しい場面が描かれているのだ。

「今は何でもコンピューターで制御すればよいと思われていますが、人間の感覚でしかわからない部分があるのは、見ていてわかりました。働いている職人さんたちの手は、もう硝子や鉛筆を作る手になっています。人間の手の不思議、ものをつくることの尊さを教えてもらいました」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2021年4月12日号