「高い防潮堤をつくれば復興は遅れに遅れるばかりか、漁業も景観も深刻な打撃を受けます。道路を守るためだけにすべてを犠牲にして、町を壁で覆いつくすなんて馬鹿げている。住民無視の計画です」(高橋さん)

 高さ9.7メートルもの防潮堤をつくっても、東日本大震災規模の津波が来ればたやすく越水する。それどころか防潮堤で海が見えず、避難が遅れるとの指摘も多い。防潮堤をつくらず、海際には大事なものを置かない。そして、あの日のことを語り継いでいくのが本当の防災ではないかと高橋さんは言う。

 工事が進んだある日、高橋さんは趣味の釣りのために沖へ出て愕然とした。

「青い海の先に山が連なり、幾筋もの沢が輝く。そんな海から見た雄勝が私の原風景です。でもその日は、高い壁で囲まれたグロテスクな景色でした」

 この日、雄勝に住み続けることを完全に諦めたという。

 高橋さんは街を出たが、80歳になる母は今も雄勝に住む。高橋さんもときおり会いに行く。だが、そこは高橋さんが愛した「ふるさと」ではない。

「私にとって今の雄勝は、『母が住んでいるところ』でしかない。私のふるさとは『人災』でなくなりました」

 東日本大震災で破壊された海岸堤防等の復旧・復興事業は被災6県(青森、茨城、千葉を含む)の621カ所(延長432キロ、原子力被災12市町村除く)で進められ、昨年9月末現在で75%が完成、今年度末を目途に工事終了を目指す。昨年度までに1.4兆円が投じられ、東北各地に10メートルを超える防潮堤が出現した。

 政府の中央防災会議は、津波の規模として、数十年から百数十年に1度のレベル1(L1)と数百年に1度のレベル2(L2)の2種類を設定。L1は防潮堤などハード対策で背後地の生命財産を守り、L2では津波が堤防を越えることを想定しながらも、避難行動で減災を目指すことを基本とした。

 この方針を受け、宮城県では「L1の最大値」を基本に防潮堤を計画。村井嘉浩知事は「やめたらもう先には、どんな理由があってもやれない」と号令をかけた。全額国費で賄える復興期間の5年間(のちに延長)での完成を目指したのだ。

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