■弾劾可決と同日の受章

 同席したハリス氏が当日の様子を話す。

「ニックは、すごくリラックスしていた。オリンピック選手のように、メダルを噛んでみせた。トランプ氏がジョークを言い、軍のバンドが演奏し、大統領を取り囲む全てがスムーズに流れていた」

 しかし、ホワイトハウスからわずか3キロしか離れていない連邦議会議事堂内で下院は同日、トランプ氏が1月6日に起きた議事堂襲撃事件に絡み、トランプ支持者を煽(あお)ったとして、2度目の大統領弾劾訴追を可決していた。バイデン氏の大統領選勝利を覆すため、議事堂に乱入するように、トランプ氏が群衆に呼びかけたとされる事件は、現在も米市民の生活に暗い影を落としている。しかも、共和党議員10人が、トランプ氏に反旗を翻(ひるがえ)し弾劾訴追賛成に投票した。

 つまり、この日、ウト氏を囲んだ笑顔と音楽、ジョークといった華やかなメダルの授章式の最中、「トランプ・ワールド」は、亀裂が生じ、崩れ始めていた。大統領が2度も弾劾訴追されるのは、米史上初という「歴史的瞬間」の日だった。

 ウト氏を囲むドラマは続いた。メダルを受章した翌14日夕、ホワイトハウス前で、暴漢に襲われ、脇腹や足を負傷した。ベトナム戦争取材中に負傷したのと同じ部位で、「トランプからメダルをもらったことに怒った奴に狙われたと、友人がジョークを言うんだ」(ウト氏)。しかし、同じく攻撃を受けたハリス氏は「明らかに薬物中毒の男性だった。しかも、ホワイトハウス前は、厳戒警備で自分たちしか歩いていなかった。全て異様な警戒態勢の中で偶然起きたことだ」と指摘する。

 ウト氏は翌日1日休養しただけで、就任式までの4日間、ワシントン中心部を歩き回った。筆者も就任式に先立ち、2日間で計25キロをウト氏と歩き、式が開かれる議事堂に最も近い取材地点を探した。議事堂周辺は、バリケードやフェンスが何重にも張り巡らされ、やっと見つけたのは、議事堂から800メートルも離れている就任式会場の裏側だった。そこは、多くの報道機関で混み合っていた。ウト氏はこの時点で、ワシントン中心部の反対側にあるホワイトハウスに狙いを定めたのかもしれない。

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