20年11月、前田さんは病院から介護タクシーに乗り、高齢患者の一時帰宅に同行した。元テレビ局勤務の比留間亨一(ひるま こういち)さん(84)は、19年9月から脳梗塞を4回発症。その後、脳梗塞後に起こりやすい誤嚥性肺炎を繰り返し、20年9月に下血して搬送され、都内の病院に現在も入院中。余命告知は受けておらず、終末期ではないが厳しい状況は続いている。

 妻の徳子さん(85)らは面会制限がある中、1回わずか20分の面会に週2回通っていた。だが、自宅に戻りたいという比留間さんの強い希望を受け、病院との協議の末に3時間限定の帰宅が初めて許された。

 柔らかい光が差し込むリビングルーム。その窓側にある介護用ベッドに横たわる比留間さんの右脇で、長女(62)が朱色の盆の小皿料理を見せていた。

 長女手作りの介護食3品は、米のおかゆの上にペースト状にした鰻、隣に焼いた鰻の小片が添えられたもの。カステラを細かく刻んでプリンで包んだものと、こし餡をお湯で溶いてとろみをつけ、おかゆを包んだおはぎ。いずれも誤嚥性肺炎を繰り返していた父親が、病院に戻ってから食べるものだ。

「一時帰宅中は飲食禁止でしたから、鰻と餡こが好きな父親を一目見るだけでも喜ばせたいと、娘がせっせと作ってくれました。蕎麦を刻み、とろみをつけた麺つゆに混ぜ込んだものも、それぞれラップに包んで病院に持ち帰ってもらいました。主人はお蕎麦とプリンが気に入ったようです」(徳子さん)

 当日は、長年懇意にしている元上司の家族の訪問が予定されていた。前田さんは、参加者全員に手指消毒の徹底と、比留間さん以外はマスクの着用を依頼。当日の主役の顔は、全員が見たいはずだからだ。唾液でも誤嚥する危険がある比留間さんのために、携帯式痰吸引機を持参していた。

「主役の苦しそうな表情は極力お見せしないように、ベッド柵にクッションを重ねてお顔を隠してから吸引を手早く済ませ、終了後はクッションを外しておくようにしていました」(前田さん)

 徳子さんは、全員で撮影した写真が額装され、夫が病室に戻った直後に届けられたサービスにも感激したという。

「わずか3時間とはいえ帰宅できたことで、コロナ収束後、次回の帰宅への希望も持てました。前田さんが見守ってくださる安心感の下、主人をはじめ、貴重な時間を共有してくださった皆さんが、しっかりと輝けたと思います」

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