カフェ訪問から約1週間後の11月初旬、女性は家族に「大丈夫」と繰り返し、気丈な長女のまま旅立った。

 その約1カ月後、中村医師らが女性の実家を訪ねると、家族から「カフェに一緒に行けたことが心の支えになっています」と感謝されたという。

 女性は都内で入院中にも体調が悪化し、院内での看取りが一度決まっていた。だが、その後も看護師らが本人や家族と話し合いを重ね、最終的には彼女が岡山への帰省を決断したという。

 病院か、都内の自宅か、岡山の実家か。女性は揺れていた。その都度、彼女らしく生き切ることを支えようとする医療者たちの粘り強いバトンリレーで、希望はかなえられていた。

 この女性に限らず、終末期の人の心は揺らぎやすい。中村医師の実感値だと、「在宅医療を始めても、自宅で看取られたいと決心されている方は1割。最期は病院で、という方が2割。残りの7割がこれから考える」だという。ところが、自宅で過ごしていると最期は自宅派が約7割に増える。

「『これなら大丈夫そうだ』とわかるからです。私の仕事はご本人や家族と向き合い、両者の意思を探っていくこと。あくまでもご本人の意思が最優先で、在宅至上主義ではありません」

 厚生労働省は18年11月から「人生会議」の名称で、高齢者がどんな最期を希望するかを、家族で事前に話し合うことを推奨している。新型コロナの感染拡大を踏まえ、20年8月には日本老年医学会が、老親がいる家族は事前に人生会議を開くようにうながす声明を出した。一度入院すると、面会もできずに亡くなる可能性が高まったからだ。

 17年の厚労省調査では、自宅での療養を望む人が約6割。ところが実際には、病院や診療所で亡くなる人が約7割という現実もある。

 一方、17年に在宅医療を受けた患者数は1日当たり推計18万人。1996年の同省の調査開始以来最多となり、在宅医療の需要は着実に増している。

「本人と家族が覚悟を決めて介護保険を利用し、訪問看護師やヘルパーに来てもらえば、共働きでも、老老介護でも自宅でのお看取りはできます。1日24時間の完全看護は無理ですが、適度にという意味で『いい加減』を許容できれば、の話です」(中村医師)

 また、コロナ禍によって面会を禁止する病院が増え、患者や家族の希望がかなえられにくい現実もある。冒頭の女性の帰省を助けた「かなえるナース」代表で、看護師でもある前田和哉さん(34)はこう話す。

「コロナ禍で一泊旅行への同行依頼が減る一方、実家でのお看取りが前提の地方への帰省や、病院からの一時帰宅時の同行依頼が増えています」

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