■「マイスター」達成43人

 鉄印を集める楽しみはまだある。すべての路線を制し、満願成就した人には「マイスター」の称号が贈られ、シリアルナンバー入りの「鉄印帳マイスターカード」が発行される。旅行読売出版社の旅行サイト「たびよみ」に氏名も掲載される。マイスターは11月16日時点で43人。83歳の達成者もいる。

 都内に暮らす葛西一隆(かずたか)さん(70)もマイスターの一人だ。鉄道に乗るのが趣味の「乗り鉄」でもあり、鉄印企画が始まるのを知ると「やるからにはすべて集めよう」と、青春18きっぷなどお得な切符を駆使し時刻表を手に全国を回った。

 ビジネスホテルに泊まりながら、3日ほどで5、6カ所を巡り、2カ月強で満願成就した。

「車窓の景色を眺めながら、鉄道の旅も満喫できました」

 同じくマイスターの称号を持つ大阪在住の会社員、植村弘さん(50代)は「鉄ちゃん」ではないが、鉄印の企画に旅心を揺さぶられて集め始めた。鉄印帳の白紙のページを埋めていくことにハマりほぼ2カ月でコンプリート。旅先では、記帳してもらった後は次の列車が来るまでの間、駅周辺を散策しその土地の空気も感じて楽しむことも心がけた。今も時々、鉄印帳をめくる時があるという。

「鉄印は、そのとき現場に出向いたことの記憶を呼び起こしてくれるタイムカプセルみたいなものです。見返すとその時の記憶が五感とともによみがえります」

 全て集めたら終わり、とはいかないのも魅力の一つだ。

「鉄道会社によっては違う種類の鉄印を発行しているところもありますので、現在ぼつぼつと2周目に突入しているところです」と植村さんは笑う。

■将来は「鉄印帳で割引」

 先の杉山さんは、鉄印は御朱印と同じく、文化として残り、長く続くアイテムになるだろうと語る。

「鉄印で三セク鉄道を再生させるほど大きな売り上げにはならないでしょう。しかし、沿線の人々は、自分は列車に乗らなくても鉄道は自分の商売にプラスになる存在だと認識してくれると思います。今までクルマがあるから鉄道に無関心だった人々が、鉄道のメリットに気づく。これが大事。ローカル鉄道が廃止される理由は赤字だからではありません。沿線が無関心だからです。沿線にとって大事な存在ならおカネは後から付いてきます。自治体は維持する予算を出しますし、国への支援も要請してくれるでしょうから」

 鉄印帳を商品化した旅行読売出版社メディアプロモーション部長の伊藤健一さんは、今後は鉄印によって地域にお金が落ちる仕組みをつくりたいと話した。

「地方鉄道の応援には地域との連携が大事です。例えば、沿線の食事処やお土産屋で鉄印帳を見せれば割引を受けられる特典がつくなど、地域と鉄道とが一緒になって盛り上げていく取り組みをやっていければと考えています」

 鉄印によって、人が動き、地域が活性化する。コロナに負けない地方創生が、鉄印を通して始まる予感がする。(編集部・野村昌二)

AERA 2020年12月7日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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