日本学術会議が推薦した会員候補6人を菅義偉首相が任命しなかった問題で、首相は国会でも拒否理由を明らかにしていない。一方、批判の矛先は学術会議にも向けられ、政府は組織改革に着手している。
この「論点のすり替え」の流れを後押ししたのが、インターネットなどで拡散された学術会議に対する批判的な情報だ。中には「任命拒否された6人は学者といえない」「OBは終身年金を受け取れる」といったフェイク(偽情報)も少なくない。
ファクトチェックの普及に取り組むNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が公開しているメディアパートナーのファクトチェック記事は、任命拒否が発覚した10月1日以降の約2週間で計10本。内訳は「誤り」8件、「根拠不明」1件、「ミスリード」1件。圧倒的に多いのが学術会議や会員の特権的地位をあげつらう内容だった。
FIJ事務局長の楊井人文(やない・ひとふみ)弁護士(40)は「任命拒否に伴って噴き出した政権批判の反動のような形で、学術会議そのものに問題があるという指摘や意見が相次ぎました。中には事実に基づかない情報もあり、ネット上でこうした不確かな情報を鵜呑みにして拡散する現象が目立ちました」と指摘する。
学術会議に関する誤情報は、思わぬ方向にも波及している。
10月14日のテレビ番組で右派論客の櫻井よしこ氏が「防衛大の卒業生が大学院に行きたくとも東大を始め各大学は断っていた」と発言。FIJはこれを「誤情報」と確認した記事を「日本学術会議関連」と位置付けて公表した。楊井さんは理由をこう説明する。
「櫻井さんの発言は学術会議の任命拒否を問う文脈の中で出てきたものです。大学を含めた日本のアカデミア全体の問題に議論が派生した形です」
■「税金」と「反日」が攻撃する際のキーワード
さまざまな論点から議論するのはもちろん自由だが、問題は誤情報が独り歩きすることだ。フェイクが相次ぐ理由を、あらためて問う必要がある。
「学術会議への批判的な意見やデマがメディアで拡散した背景には、庶民と学者の目線の食い違いがある」
こう指摘するのはメディア論が専門の成蹊大学の伊藤昌亮教授(58)だ。