「石元泰博にとって写真家の社会的使命は極めて大切でした。写真の芸術性はあくまで結果として、あとからついてくるものに過ぎなかった」と、東京オペラシティアートギャラリーの学芸員・福士理さんは語る。

「石元がすごいのは、彼の優れた造形性が、社会と切り離された芸術の領域に閉じ込められているのではなく、常に社会批判や文明批評の実践的な意識と結びつくことで生きた力を獲得していることです。石元がシカゴのIDで学んだのは、人間の感覚や感性という普遍的な能力を根底から問い直し、それを強化、拡張、再編することを通して、近代社会の変革を目指そうとするバウハウスの造形思想でした」(以下、福士さん)

 桂離宮、曼荼羅、仏像紀行や歴史紀行といった日本の伝統と、都市や生活、産業、公害など近代化の諸相を撮り続けた石元。だが、そこにはバウハウスの思想という裏打ちがあったのだった。

「現代アートの世界では今、文脈や行為に注目するコンセプチュアルな手法が主流で、『見ること』や人間の感覚、感性の問題は、ともすれば等閑視されかねません。石元泰博は人間の感覚と感性を根底から突き詰め、それを社会的、実践的な意識に結びつけようと闘い続けました。その仕事は、混沌とした時代を生きる私たちに、さまざまな示唆を与えてくれると思います」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2020年11月2日号