ミュージシャンが汚い言葉を使うのは「既存のルールや常識を壊したいから」との理由が主のようですが、彼らの努力の甲斐あって、かつてのルールや常識はすでに粉々に砕け散っています。これ以上瓦礫の山を踏みつけて、どうしようと言うのでしょう。加えて、汚い言葉というのは指折り数えてリスト化できるくらいですから、つまりは決まり文句なのです。お定まりの言葉を並べて曲を作る様子は、まるでミュージシャン当人たちが「汚い言葉を使わなきゃ創造的じゃない」と新たなルールを設けて、自分たちを鉄格子の中に閉じ込めてしまっているみたいです。

 アメリカで汚い言葉がこれほど一般的になった理由のひとつは、ストリーミングサービスの台頭だそうです。かつては楽曲に放送禁止用語が含まれているとラジオで流してもらえず、それはすなわち楽曲のCDが売れないことを意味していたのですが、今やストリーミングサービスを通じてミュージシャン自らが新曲をデジタル配信リリースできる時代。権力に縛られず言いたいことを叫べ!と各々エスカレートした結果、たどり着いたのがこの面白いくらいにつまらない惨状です。

 日本でも配信リリースはどんどん増えているようですし、いずれはアメリカのようになるんじゃないかと心配です。現に、日本人歌手でも歌詞を英語にしたとたん言葉遣いが変わるケースが見受けられます。日本語では真夜中みたいな漆黒の感情を高い表現力でもって美しい言葉に包んで歌う人が、英語歌詞だと朗らかにFワードを歌い上げていて、まるで世界線が歪んだような錯覚に陥ることがあるのです。世界の音楽シーンに合わせるとそうなってしまうのか、と個人的にはしょんぼりしてしまいます。

 Spotifyが発表している国別の「もっとも聞かれた曲トップ50」をすべて見てみると、Eマーク付きの曲がランクインしていないのは65カ国中で日本だけでした。世界的に見ると、かなり特異な国といえるのではないでしょうか。そんな日本には、いつまでもいつまでもこのままでいてほしい。言葉というものは、毎日聞き続けることで、沈むように溶けていくように、自分の中に溜まっていきます。頭の奥のレコーダーに録音されて、ふとした拍子に口をついて出てきます。どうせ録音するなら、きれいな言葉がいいとは思いませんか。

※Spotifyのヒットチャートは、2020年9月20日現在のものです

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◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカ在住ライター。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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