『fishy』(朝日新聞出版)は9月7日発売。酒食を楽しみ、今、この瞬間を共有する女性たちの光と影が金原さんの小気味よい筆でつづられる(撮影/写真部・掛祥葉子)
『fishy』(朝日新聞出版)は9月7日発売。酒食を楽しみ、今、この瞬間を共有する女性たちの光と影が金原さんの小気味よい筆でつづられる(撮影/写真部・掛祥葉子)
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 芥川賞作家・金原ひとみさんが3人の女性を主人公に『fishy』を発表した。現代の生きづらさのなかにある言葉のやりとりが人の闇と光を描き出す。AERA 2020年9月14日号から。

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 大人になると、その時々で他人との距離感が変わる。本当はどういう人物なのか、信頼できるのか、判断に迷うときだ。

 金原ひとみさんの新刊『fishy』は、そんな人間関係のゆらぎをすくい上げ、他人への信頼や疑いの不確かさを気づかせる。

 主人公は3人の女性たちだ。独身で28歳の美玖(みく)、32歳のユリと37歳の弓子は既婚で子どもがいる。飲み仲間である彼女たちは、恋愛や夫婦の秘密をあけすけに話すようでいて、心から信頼し合っているようには感じられない。だが、お互いに必要な関係であることも伝わってくる。タイトルの意味通り「うさんくさく、疑わしい」関係だ。

■人生の曲がり角に立つ

 金原さんは小説に「fishy」と名づけた理由をこう話す。

「最後まで読んでも、どこか信用しきれない。そんなうさんくさい感覚を、作品全体に浸透させたかったんです。ちょっとずつ腹に一物を持つ女性の集まりはスリリングです。相手の悩みや迷いを鋭い言葉で指摘したり、うそかまことか確かめようもない話で煙に巻いたり、執筆中は、彼女たちの飲み会に参加しているようで楽しかったです」

 小説はそれぞれの視点から語られるパートの積み重ねで構成されている。性格も考え方も異なる女性たちの群像劇なのに、読んでいると、どのパートにも自分を重ねる部分がある。

「女性も中年になると思い通りにいかなかったり迷ったり、人生が少しずつ歪(ゆが)んでくると思います。私自身、子どもが幼いときは母親の役割が強く、パーソナルな部分を守れない、自分が薄まるような感覚がありました。それが子どもが成長するにつれて、自分が戻ってくるように感じたんです。そして、ここから先、人はどんな方向に進むのだろうと考えるようになって。仕事に没頭したり、不倫をしたり、人によって異なる人生のバリエーションが出てくると気づいたんです」

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