生きるか、死ぬか。自分で決める時代がやってくる(撮影/写真部・東川哲也)
生きるか、死ぬか。自分で決める時代がやってくる(撮影/写真部・東川哲也)
AERA 2020年7月27日号より
AERA 2020年7月27日号より
青く発色しているのが活性化した「Q神経」。第三脳室前方の視床下部にあり、約90%のQ神経を活性化すると冬眠状態が誘導された(写真:筑波大学提供)
青く発色しているのが活性化した「Q神経」。第三脳室前方の視床下部にあり、約90%のQ神経を活性化すると冬眠状態が誘導された(写真:筑波大学提供)

 いつまでも続く若さ。衰えぬ健康。永遠の命。そんな人類の見果てぬ夢を、ついに科学が視界に捉えつつある。AERA 2020年7月27日号に掲載された記事で、人工冬眠に関する最先端の研究について紹介する。

【櫻井教授らが発見した「人工冬眠」はこちら】

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 人類の「寿命」をめぐる常識を塗り替える可能性のある日本発の研究成果が6月11日、英科学誌ネイチャーに掲載された。本来は冬眠しないマウスを人工的に冬眠状態にすることができたとする筑波大学と理化学研究所のグループによる論文だ。

 人にも適用できる可能性があり、医療への応用や宇宙進出の重要な一歩になることが期待される。冬眠中は代謝が下がるため老化が抑制される可能性もある。人工冬眠の技術が確立されれば、「人生100年時代」どころではなくなるのだ。

 研究リーダーで筑波大学教授の櫻井武さんに研究のきっかけを尋ねると、意外な反応が返ってきた。

「冬眠や、まして不老不死に興味があったわけではありません」

 あくまで未知の遺伝子や神経細胞の機能を明らかにすることに精力を注ぎ込んだ結果、たまたまその解が「冬眠」につながったというのだ。櫻井さんは言う。

「人間が発想できることには限りがあるので、機能に着目して作業仮説を立てるようなやり方をしていてはパラダイムシフトになるような発見にはなかなかつながりません」

 研究の足跡をたどろう。テキサス大学にいた櫻井さんらが世界で初めて、睡眠と覚醒の切り替えを制御する脳内神経伝達物質「オレキシン」を発見したのは1998年。さらに脳内神経の解明を進め、神経伝達物質「QRFP」を初めて動物の脳から取り出すことに成功したのが2006年だ。筑波大学の研究グループはQRFPの機能を追究する過程で、マウスの脳の視床下部にある特殊な神経細胞の集まりに注目するようになる。

 体温や代謝をコントロールしている部位にある、この神経集団(Q神経)を刺激すると、マウスの体温が大きく下がった。グループは、冬眠研究に注力していた理化学研究所の砂川玄志郎研究員らに共同研究を呼びかけ、さらに解析を続けた。Q神経が興奮すると体温とともに酸素消費量は大きく低下したが、代謝はその状態で適切に制御され、冬眠中の動物に似た状態にすることができた。

 外の気温が23度の場合、37度あったマウスの体温は数分で24度まで低下し、酸素の消費量は通常の8分の1ほどまで抑えられた。この冬眠状態を経験したマウスとそうでないマウスでは脳や心臓などに違いは見られず、何度でも冬眠状態にできたという。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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