ボブ・ディラン(写真提供:ソニー・ミュージック)
ボブ・ディラン(写真提供:ソニー・ミュージック)
「ラフ&ロウディ・ウェイズ」のジャケット(写真提供:ソニー・ミュージック)
「ラフ&ロウディ・ウェイズ」のジャケット(写真提供:ソニー・ミュージック)

 海外で6月19日に発売されたボブ・ディランのニュー・アルバム「ラフ&ロウディ・ウェイズ」が大ヒットしている。日本盤は7月8日発売だが、すでに発売されたイギリス、アイルランド、ノルウェー、オランダ、ニュージーランド、ドイツ、スイス、オーストリアで初登場1位。アメリカ、オーストラリア、ベルギーは2位、と主な国でほぼアルバム・チャートの上位を獲得している。

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 ボブ・ディランのスタジオ・アルバムで、トップ10入りを果たしたのは実に18枚目。デビューした1960年代から2020年代までの七つの年代で、アルバムがそれぞれトップ40入りを果たした初のアーティストという快挙を達成した。しかも、ディランはご存じのとおり2016年のノーベル文学賞受賞者でもある。その一方で、18年には日本国内最大規模の野外フェス「フジロックフェスティバル」に出演。若者たちを前に、堂々たるステージを見せる“現場感”もある。1941年生まれで現在79歳の彼は、長きにわたる活動歴の中でも、間違いなく今最も脂が乗ったシーズンを迎えていると言っていい。

 来年80歳を迎えるボブ・ディランがなぜ今、キャリアの頂点に立っているのか。

 確かに彼は、現役引退してもおかしくない、大御所中の大御所だ。フォーク、ロックなどの垣根を越えた、現代ポピュラー音楽最高の現役アーティストという称賛に誰もがうなずくだろう。しかし、ディランはそうした権威がつきまとえばつきまとうほど、そこに背中を向けるかのように、ストイックに自身と向き合うアーティストだ。これまでの評価に甘んじないばかりか、それまでの“貯金”で楽をしようなどと思ってはいないのだ。極端に言えば、10代や20代の若きバンドやアーティストと同じ、いや、それよりはるかに創作欲求、表現意欲に突き動かされている。

 その証拠に、ニュー・アルバム「ラフ&ロウディ・ウェイズ」は、全曲ディランによるオリジナル新曲で構成されている。「トリプリケート」(17年)、「フォールン・エンジェルズ」(16年)、「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」(15年)と立て続けに発表された近年の作品は、フランク・シナトラの歌唱で知られるトラディショナル・スタンダード・ナンバーを取り上げたもの。16年に実現した来日ツアーでも、ギターなどの楽器を一切手にせず、スタンドマイクを前にキリリとした面持ちで歌に向き合っていた。無駄なおしゃべりも一切せず、黙々とアメリカの伝統的な大衆歌を、自らの声で歌い上げるその様子は、もはや音楽というフレームを越えて表現者とたたえるにふさわしいものだった。

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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