大瀧詠一のデビュー50周年記念盤『Happy Ending』のジャケット/ソニーミュージック提供
大瀧詠一のデビュー50周年記念盤『Happy Ending』のジャケット/ソニーミュージック提供

 先日、ムーンライダーズのリーダー、鈴木慶一がツイッターでこのようにつぶやいた。「世のミュージシャン諸君、宅録に励もうじゃないか。マルチトラックで無くても、スマホの一発録りでも。今こそ。demoでも。デモはデモでもdemo溢れに。発表するもしないも。いつか聞いてもらえるかもしれないものでも」(原文ママ)

 新型コロナウイルスの感染拡大に際し、音楽の現場も大きな打撃を受けている。ライブやイベントの現場が厳しい局面に立たされていることについては近々、この連載で取り上げたい。だが、いずれにせよ「医療やライフラインが最優先で、文化は後回し」という認識ではなく、「アートはどんな状況においても必要なもの、むしろこういう状況だからこそ大切にしたい」との思いを新たにするミュージシャンや関係者、音楽ファンも少なくないと思う。

 北野武の映画のサントラ作品などでもおなじみの鈴木慶一も、「火を消さぬように」との思いで、こうした呼びかけをしたのではないかと思う。宅録というのは、まさしく自宅で録音すること。ホームレコーディング、ベッドルームレコーディングという言い方もあるように、最新機器をそろえた正規のスタジオではなく、自部屋などで録音する作業のことだ。最も簡単なものだと、ギターやピアノの弾き語りを集音マイクで録音。あるいは、パソコンやスマホなどを利用した打ち込み作品も手軽だ。

 実際、こうした状況になってからはより一層、自宅で録音した楽曲を動画サイトや音源投稿サイトなどに即座にアップデートするアーティストが増えている。先の鈴木慶一の呼びかけをきっかけに、鈴木と交流のあるドラマーの柏倉隆史が曲を作り、それに鈴木がメロディーと歌をつけるという早業で1曲が完成した。こうしたやりとりがツイッター上でオープンになっていたのも、今の時代ならではだろう。

 そんなインドアな曲作り、緻密な自宅作業をポップ・ミュージックの現場でいち早く実践していた一人が大滝詠一だ。2013年に65歳で亡くなった後も、折に触れ、様々なアーカイブ作品がリリースされては大きな話題を集め、影響力はむしろ増すばかり。先ごろリリースされたアルバム『Happy Ending』もデビュー50周年記念盤として、熱心なファンを喜ばせている。なんといっても、フジテレビ系ドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌「幸せな結末」と挿入歌「Happy Endで始めよう」、同じくフジテレビ系ドラマ『東京ラブ・シネマ』の主題歌だった「恋するふたり」といった1990年代後半~2000年代にかけてのヒット曲がアルバム・ヴァージョンとして収録されたのだからうれしい。

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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