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ポップス作りを楽しんだ大滝詠一のアルバム『Happy Ending』が支持される理由

連載「岡村詩野の音楽日和」

岡村詩野AERA#岡村詩野
大瀧詠一のデビュー50周年記念盤『Happy Ending』のジャケット/ソニーミュージック提供

大瀧詠一のデビュー50周年記念盤『Happy Ending』のジャケット/ソニーミュージック提供

 大滝がミュージシャンとしてのキャリアが長く、多彩なことは周知の事実である。日本語ロックの草分け的バンドだった「はっぴいえんど」で本格的な音楽活動を開始。バンド活動中から最初のソロ作を発表したものの、その後はプロデュースやCMソングなどの制作にもいそしんだ。そうした中、音作りへの妥協なきこだわりと、ポップスへの多大な愛情、深い知識をもってスタジオ・ワークに力を注いだ大滝。それだけに、彼の作品は聴けば聴くほど新たな発見があり、ニヤリとさせられる遊び心、試みもたくさんある。大滝の作品に触れるということは、ポップ・ミュージックの素晴らしき摩訶不思議さに包まれることでもあるのだ。

 もちろん、全曲初収録となるニュー・アルバム『Happy Ending』もマニアックなリスナーを捉えて離さない。「Happy Endで始めよう」は後半パートの歌詞が全く異なるヴァージョン。しかもタイトルにはアメリカの大御所作曲家であるバート・バカラックになぞらえた「バカラック Ver.」というクレジット付きで、何がどうバカラックなのかはポップスの深い森を知り尽くした人のためのお楽しみになってもいる。また、「イスタンブール・マンボ」は江利チエミが55年にヒットさせた曲で(オリジナルはフォア・ラッズによる「イスタンブール」)、77年にムーンライダーズがアルバム『イスタンブール・マンボ』の中でリメイクしたもの。大滝はこの曲を前述のドラマ『東京ラブ・シネマ』の劇伴の一つとして制作していて、ここでの大滝自身のボーカル入りの「イスタンブール・マンボ」はその頃の録音だと思われる。とても貴重な音源だ。

 一方で、大滝詠一は、ポップ・ミュージックは誰もが気軽に楽しめるもの、ジュークボックス……はもとよりテレビやラジオから流れてきて一緒に歌えるもの……とでもいうような哲学を持つ、開かれた感覚の持ち主でもあった。「君は天然色」「さらばシベリア鉄道」「A面で恋をして」といった多くのヒット曲、代表曲を持つだけでなく、同時に、松田聖子(「風立ちぬ」など)、森進一(「冬のリヴィエラ」)、小林旭(「熱き心に」)など多くの歌手に楽曲を提供したことでも知られる。自ら歌う曲も、提供曲も分け隔てなく愛情を注いできた。

 実際、ロングセラーを記録したアルバム『A LONG VACATION』と同じ81年にリリースされた松田聖子のアルバム『風立ちぬ』は、A面全てを大滝が作曲をしている(作詞は松本隆、編曲は大滝の変名である多羅尾伴内)。その中の1曲「ガラスの入江」のセルフ・カバー(大滝自らの仮歌<鼻歌>が聴ける)が、今回のニュー・アルバムに収録されている。大滝がプロデュースした渡辺満里奈の「ダンスが終わる前に」(佐野元春作詞作曲)のセルフ・カバーもある。このあたりの曲からは大衆歌謡曲としてのポップスを作ってきた大滝の自負が感じられるだろう。

 大滝詠一はおそらく日本で、いや世界で誰よりもポップスを作ることを楽しんでいたアーティストの一人だったと思う。それがスタジオであれ自宅であれ、そこにポップスを愛する自分がいて、それを形にできる自分がいれば大丈夫、あとは聴いてくれる人がいれば…とでもいうように。コロナウイルス感染拡大に揺れるこの状況下、そんな大滝詠一のポップ・ミュージックはどのように響くだろうか。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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