教育は、係争地域や難民の子どもたちをリスクから遠ざける一番の武器、と信じてやまない/岸本絢撮影
教育は、係争地域や難民の子どもたちをリスクから遠ざける一番の武器、と信じてやまない/岸本絢撮影
「HEROs AWARD」の表彰式で。「アスリートは世界一を目指し、そのためにすべき努力の仕方を知っている。その武器をセカンドキャリアでも生かしてほしい」と後輩たちに力説/岸本絢撮影
「HEROs AWARD」の表彰式で。「アスリートは世界一を目指し、そのためにすべき努力の仕方を知っている。その武器をセカンドキャリアでも生かしてほしい」と後輩たちに力説/岸本絢撮影

  元アトランタ五輪競泳選手の井本直歩子さん。現役時代、恵まれない環境で練習をせざるを得ない外国の水泳選手を目の当たりにした。格差があることを知った井本さんが引退後に選んだのは、人道支援の道だった。ガーナ、シエラレオネ、ルワンダなど渡り歩き、「やっと自分の居場所にたどり着いた」と思う。今はギリシャで教育支援に携わる。

【井本直歩子がロングドレスを纏い壇上で挨拶する姿はこちら】

 172センチの長身にロングドレスを纏い、その女性は厳かに壇上へ上がろうとしていた。会場には中田英寿、井上康生、佐藤琢磨、萩原智子など日本スポーツ界の名場面を飾った選手250人がブラックタイやドレス姿で集合し、その女性を凝視している。だが、階段に足を掛けた途端にヒールが脱げ、危うく転げそうになった。

 煌びやかな会場で、いきなりズッコケそうになるのは、いかにも彼女らしかった。

 2019年末、アスリートの社会貢献活動を称える「HEROs AWARD」の表彰式が都内のホテルで行われた。19年度受賞者の女性部門は、1996年のアトランタ五輪に出場した元競泳選手で、現在は国連児童基金(ユニセフ)職員の井本直歩子(43)が選ばれた。現赴任地のギリシャで受賞の知らせを受けた時、井本は「なぜ私が?」と戸惑ったという。紛争国の緊急支援や、貧困・難民の子どもたちへの人道支援の仕事を始めてから、すでに16年。その間、困窮を極める10カ国を渡り歩いてきた。「なぜ今?」と井本が不思議に思っても当然だった。

「私は国連職員。人道支援活動はいわば仕事ですから、アスリートの社会貢献活動とは違う。だから、賞を頂いていいのかなという迷いはありましたけど、久々に日本に帰れるし、私は日本では忘れられた存在だと思っていたのに、評価して下さる方もいるんだと嬉しかった」

 この夏、東京五輪が開催される。出場する日本人選手は歴代最多の500人以上と目されているが、宴の後、彼らが決まって頭を痛めるのがセカンドキャリアだ。現役中はわき目も振らず競技に邁進するため、いざ実社会に出ようとすると、社会経験の浅さに戸惑い、就活に苦労する。現役引退後、国際支援の道を選び途上国を飛び回る井本の行動力と実績は、これからの日本人選手たちのロールモデルになると、焦点が当てられたのだ。

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井本が違和感を抱いた理由は