タウザー。グレンタレット蒸留所は当時にしては珍しく見学客を受け入れていて、タウザー目当ての観光客も多数訪れた(写真:土屋さん提供)
タウザー。グレンタレット蒸留所は当時にしては珍しく見学客を受け入れていて、タウザー目当ての観光客も多数訪れた(写真:土屋さん提供)
グレンタレット蒸留所。タウザーが活躍していた頃は、ピンバッジなどのタウザーグッズが販売されていた。土屋さんも多数購入したという(写真:土屋さん提供)
グレンタレット蒸留所。タウザーが活躍していた頃は、ピンバッジなどのタウザーグッズが販売されていた。土屋さんも多数購入したという(写真:土屋さん提供)
蒸留所内にはタウザーの像がある。生涯で2万8899匹ものネズミを捕った(写真:土屋さん提供)
蒸留所内にはタウザーの像がある。生涯で2万8899匹ものネズミを捕った(写真:土屋さん提供)
世界一有名なウイスキーキャット・タウザーの娘、アンバー。一匹もネズミを捕まえなかったといわれる(写真:土屋さん提供)
世界一有名なウイスキーキャット・タウザーの娘、アンバー。一匹もネズミを捕まえなかったといわれる(写真:土屋さん提供)

 ウイスキーキャットをご存じだろうか。スコットランドのある蒸留所には、生涯なんと3万匹近いネズミを捕った、伝説のがいたという。AERA2020年3月2日号から。

【写真】世界一有名な「ウイスキーキャット」タウザーの娘のアンバー

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「ウイスキーの伝統の中で欠かせない存在の一つが、ウイスキーキャットです」

 こう言うのは、ウイスキー評論家の土屋守さん(66)。その昔、ウイスキーの蒸留所はネズミをどう駆除するかが大きな課題だった。ウイスキーの原料は大麦、トウモロコシ、ライ麦などの穀物類で、それをねらってネズミが集まってくるからだ。石造りの古い建物は、いくら工夫を凝らしてもネズミの侵入を避けようがない。それを解決してくれたのが、猫だった。いつの頃からか、そんな猫たちをウイスキーキャット、ディスティラリーキャットと呼ぶようになった。

「蒸留所としては、大歓迎ですよね。多くの蒸留所で、スタッフの一員として名簿にウイスキーキャットの名前を記載したようです」

 世界一有名なウイスキーキャットは、スコットランド最古の蒸留所グレンタレットのタウザー(メス)だろう。彼女は1963年から87年までの生涯で、なんと2万8899匹ものネズミを捕獲した。この記録は「捕獲数世界一」としてギネス世界記録にも認定されている。

「まさにウイスキーキャット界のスーパースター、ネズミにとっては閻魔大王です。誕生日やクリスマスには彼女宛てに世界中からプレゼントが集まり、彼女が亡くなったときはBBCでも報道されたそうです。蒸留所の中には、タウザーの銅像が立っています」

 なぜタウザーが捕獲した数がわかっているのかというと、タウザーが捕獲したネズミを律義に特定の場所まで運んでいたから。蒸留所のスタッフがカウントしていたのだという。

 土屋さんはネズミ年の今年、ウイスキー文化研究所の年賀状に、タウザーの娘アンバーの写真を使った。タウザーとは正反対で、アンバーは生涯に一匹のネズミも捕らなかったといわれている。つまり、「ネズミにとっては天使」だからだ。

「最も印象に残っているウイスキーキャットは、ハイランドパークという蒸留所のバーレーです。普段はビジターセンターにいて、蒸留所の主人みたいな顔で『よく来たな』って観光客を出迎えてくれました」

 ガイドがウイスキー造りの現場を案内するときは、時に先導し、時に観光客を追い立てるように歩いたという。

 ある時、観光客を案内していたバーレーがピタリと足を止めた。「バーレーどうしたの?」

 すると、みんなが見ている前で、バーレーが毛をピンと逆立てたかと思うと、建物の一角に向かって駆け出した。そこにネズミの通り道があったのだ。

「人間のことは無視して、一気に野性に返ったバーレーの姿が忘れられません」

 土屋さんによると、マスコット的な存在のウイスキーキャットはいても、ネズミを狩るという本来の意味でのウイスキーキャットがいる蒸留所は現在はもうないという。設備が整い、自家製麦する蒸留所も減ったため、ネズミも激減。ウイスキーキャットたちの手を借りなくてもよくなった。少しだけ、寂しい話だ。(ライター・羽根田真智)

AERA 2020年3月2日号