「こんなんで歩けるはずがない。もう無理と絶望しました」

 それでも、くやしさと使命感をバネに挑戦を続けた。ビルの階段を30階まで上がって太ももを鍛えた。練習が終わると精根尽き果てた。

 本書はそんな苦闘の日々、10メートル歩けたときの涙など自身の体験に加えて、理学療法士、義肢装具士らプロジェクトメンバーの横顔、最新の義足事情、そして人間の歩行がいかに精緻な仕組みであるかも教えてくれる。

 現在もトレーニングを続ける乙武さんは、右左に曲がれるようになってきたとうれしそうに話す。コラムを書き、テレビやラジオに出演し、講演する日常も戻りつつある。本人曰く「社会的死」を迎えて海外に出たときはメルボルンが気に入り移住も考えた。

「この上なく快適な環境だったけど、ここじゃダメなんだと痛感したんです。自分は楽することを求めていない。ゲームで言うと生まれた瞬間スーパーハードモードで人生始まっちゃってるんで、何か課題に取り組んでいないと充実感がないのかもしれません」

(ライター・仲宇佐ゆり)

AERA 2019年12月2日号