松鯉:関係者から聞いたおまえさんの評価を、まるで自分が鬼の首を取ったように話してきたからね。理不尽なことには怒りますよ。

松之丞:ずっと後から師匠が僕をかばってくれたと聞いて嬉しかったですね。前座の時驚いたことがあります。師匠のかばんを持ってついて歩いていたある日、「お前が重いだろうから、今日は袴はやめといたよ」って。

松鯉:自分が前座の頃は、先輩が白と言えば白、黒と言えば黒で、随分無理なことを言う人も中にはいたからね。

松之丞:自分が理不尽だと思ったことを次の世代にはしたくないという師匠のお考えですね。僕が言うのもおこがましいですが、これはなかなかできないことで、弟子たちはみなありがたいと思っています。

松鯉:私も人間だから好き嫌いはあるが、依怙贔屓はしたくない。弟子には同じ態度で接したい。松之丞みたいに売れた弟子もそうでない弟子も、私は弟子はみな平等に目を配っていきたいと思っている。偏りのある接し方は絶対にいやです。

松之丞:師匠は温厚で、師匠の優しさを僕を含めみなさん感じていますが、僕はこの優しさは師匠がご自分を律しているところからでていると思ってます。

松鯉:私だって若い頃はイライラしたし、年をとって丸くなってきたんだ(笑)。

松之丞:師匠は連続物の掘り起こし作業に孤独にコツコツと長い年月取り組んでこられた。「あんなものをやって」と思われていた時代もあったと思いますが、ストイックにずっと続けてこられた。お陰で僕たち弟子は連続物という財産を受け継がせてもらえています。師匠を前にして言うのは照れますが、僕は師匠を講談師としての理想形だと思っているんです。

松鯉:受け継いでいってほしいのは人生や男の美学である「美しく生きる」という講談のテーマです。難しいけど人にとっては重要なことです。

松之丞:いつだったか新宿末廣亭の楽屋の2階で、前座の前の「見習い」の若い子が入ってきた時、師匠が座布団を外して「神田松鯉です」と挨拶された。これは、入ったばかりのその子だけでなく、その子の師匠に対しても、その子が落語家になった覚悟にまでも、さりげなく敬意を表されたものだと思うんです。この子、きっと師匠のことを忘れないだろうなと思った。まさに師匠の生き方の美学を垣間見た思いです。

松鯉:そんなこともあったね。講談の全盛時代が来ることを夢見ているので、これからも起爆剤となって頑張ってほしい。

松之丞:今、少しずつ入門者も増えてきて講談には未来があると手ごたえを感じています。まだまだ講談の広告塔をやらせていただきます。

(古典芸能エッセイスト・守田梢路)

AERA 2019年11月25日号