2016年にリリースされたアルバム「ネオ」で初めて外部のゲスト・ミュージシャン、ライムスターをフィーチャーしたり、高樹以外のメンバーがソングライティングを担当したりしたのも、「KIRINJI」が名実ともに新生となったことを象徴していたと言えるだろう。

 しかし、昨年のアルバム「愛をあるだけ、すべて」からわずか1年半ほどでリリースされたニュー・アルバム「cherish」は、さらにすごいことになっている。もはや兄弟時代が遠い記憶となってしまったかのような、今という時代にフィットした「最高級のモダン・ポップ・ミュージック」だ。誤解を恐れずに言うと、例えばファレル、ブルーノ・マーズ、ダフト・パンクといった世界的人気を持つアーティストの作品と並べても違和感のない、ゴージャスで洒落たダンス・ポップ・サウンド。アルバム「ネオ」前後から加速していた、新しい方向性に一切の迷いが感じられない。

 今回のアルバムの大きな特徴としては、シンセ・ポップとも言えるような、ひんやりとした音の質感をこれまで以上に強調した曲が多いということ。もちろん、メンバーによる生演奏がうまく融合されてはいるが、生音の質感でさえ計算のもとコントロールされているかのような、シャープな仕上がりになっている。

 楽曲は今回すべて高樹が書いているが、それもまた高樹のプロデューサーとしての判断力によるものだと思えるほど、アルバム全体のディレクションは統一されている。今年リリースされたケミカル・ブラザーズの最新作「No Geography」と符号するようなヴィヴィッドでダンサブルな曲もあるし、ラッパーの鎮座DOPENESSをフィーチャーした「Almond Eyes」などはナイト・クルージング感満載だ。

 しかし、都会的でクール、世界基準とも言える音作りに振り切ってはいるものの、他方、堀込高樹の洒脱な歌詞がドレスダウンさせている。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)調の「雑務」では雑用に振り回される日常のジレンマをアイロニカルに描き、ハウス・ミュージックのような「Pizza VS Hamburger」でモチーフになっているのはファストフードだ。いかにも夜の都会のドライブ・ミュージックになりそうな曲に、そうやってナンセンスなユーモアを与え、エコーをたっぷりかけて大真面目に歌う高樹。こう言っては失礼かもしれないが大いに笑える瞬間がここにある。

 クールで洒落たブラック・ミュージック・スタイルのポップだけではないこのハズし具合、ネジの緩め具合こそが「KIRINJI」の真骨頂だろう。確かに今の彼らは世界基準の、世界同時進行級の音作りを実践している。けれど、彼らはいかにも野心満々に世界の高みを目指しているわけではない。今の生活から見える景色を飄々と音で描き、リスナーとしてそれを楽しんでいる。そうした邪気のないアングルは、彼らが兄弟ユニットだった時代から、いい意味で変わっていないのかもしれない。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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