「自分たちのスクラムは、好きですか」

 その言葉の意味とビジョンは、やがてアイルランド戦で勝ち得たスクラムに表れていた。

「自分たちのスクラムが好きになるための自分たちのシステムを作ろう。システムができれば努力する。やがて関心を持たれ、期待されれば責任感が芽生え、もっと頑張る。どこの国もそうやって強くなってきた。そんな文化の話を、最初にしました」

「いいスクラムがなぜいいか」を言葉に

 W杯日本大会を目指す代表チームは、国際リーグ「スーパーラグビー」に参加しているサンウルブズと連携。長谷川は多国籍の選手に日本のスクラムシステムの浸透を図ってきた。その最中で磨いたのが、注意点を一言で表すキーフレーズ。「4ウォール」「4ポイント」の他に、英語に直訳しづらい「間合い」や「塩梅(あんばい)」などがある。

 言葉とスクラムの関連性を、「いいスクラムがなぜいいかを言葉にする。そうすれば、いいスクラムが増える」と説く長谷川。その時々で変わる笛のトレンドも踏まえ、徐々に形を微修正してきた。アイルランド戦を19─12で制し、1次リーグ全勝で初の8強入りを果たした。

 日を追うごとにスクラムの注目度は増す。長谷川はこの3年間を、こう振り返った。

「無意識でやってきたことを意識的にやり、それをいま、無意識でできるようになった」

 自身を招いたヘッドコーチのジェイミー・ジョセフ(49)からは、プランの策定などについて助言された。「試合中うまくいかないスクラムがあった時に、次にどうするかをその場で考えろ。そうでなければインターナショナルのコーチになれないぞ」と率直に告げられ、現場での感度も磨けた。築き上げた「文化」と「言葉」の裏には、W杯の出場選手、涙をのんだ選手、自分に教えを請う日本人コーチなど、多くの人々の知見があったと長谷川は言う。だから、「技術的にこうしましたなんてあまり話したくない」と、必要以上に手柄を誇らない。

「僕だけのものじゃないから」

 8強入り後の南アフリカ戦は3─26で敗戦。ぶつかり合う瞬間に伸びる体幹の長さ、それに伴う重量には「認めましょう。相手が強かった」と潔い。今後の去就はあくまで「未定」だが、心の灯は消えていない。妥協なき強化への思いを問われ、いつかのスクラム番長は、さらりと応じた。

「不安を残したままで試合に行かない方がいい。それはラグビーに限らずね」

(ラグビーライター・向風見也)

AERA 2019年11月11日号