今回の浸水被害を受け、同事務所の担当者はこう話す。

「住民の命を守るためにも、住民の意見や要望をしっかりと聞きながら、早急な整備を進めていきたい」

 こうした中、威力を発揮したのが河川沿いの遊水地だ。多摩川のすぐ近くを流れ、かつて「暴れ川」の異名をとった鶴見川は氾濫しなかった。鶴見川流域は人口密度が全国トップレベルで、1958年の狩野川台風では、2万戸以上が浸水した。

 そこで国は03年、「鶴見川多目的遊水地」(横浜市港北区)を整備。普段は公園や駐車場として利用し、一角にはラグビーW杯日本対スコットランド戦の舞台となった横浜国際総合競技場(日産スタジアム)もある。

 遊水地の貯水量は、東京ドーム約3杯分の約390万立方メートル。ここに、鶴見川が一定の水位を超えると堤防の一部を低くした越流堤(えつりゅうてい)から水が流れ込み、周辺の洪水リスクを低減させる。川の水位が下がったら、排水門から再び川に水を戻す仕組みになっている。過去20回流入があったが、その間一度も鶴見川は氾濫していないという。

 多摩川にはこのような遊水地がなく、激しい水位上昇を招いたとみられる。

 多摩川と支流の平瀬川が合流する地点に近い川崎市高津区ではマンション1階が水没し男性が死亡。多摩川の増水で、水が支流に逆流するバックウォーター現象が起きた可能性がある。川崎市中原区の武蔵小杉駅周辺では、一部のタワーマンションで停電・断水した。多摩川の水位上昇で川への排水が追いつかず、水が排水管を逆流してマンションの地下に流れ込み、電気設備が浸水したという。

 ただ、今回東京で氾濫が起きたのは多摩川だけ。水害の危険がしばしば叫ばれる東京東部のゼロメートル地帯は浸水を免れ、都心部で氾濫を繰り返してきた善福寺川なども無事だった。(編集部・大平誠、野村昌二)

AERA 2019年10月28日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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