1枚の絵でありながら、その前に立った鑑賞者の目に、サーカスのステージ、観客たち、バーテンダー、彼女を誘惑する男性などが、映画のカメラをパンするように流れていく。耳をすますと、サーカスの観客の歓声や、グラスが触れる音、そしてナンパおじさんのささやきまでもが聞こえてきそうだ。

 実は森村さんには、この「フォリー=ベルジェールのバー」の背景を使った、「美術史の娘」2点を含めた6点もの作品がある。そのひとつが、私服に着替えて「半分お遊びで撮った」(森村さん)というセルフポートレート作品(写真上)。

 90年に米国のアート雑誌の表紙を飾ったほか、2018年に開館した森村さんの個人美術館「モリムラ@ミュージアム」(大阪市)では、80年代の森村さんの活動を紹介する開館記念の展覧会のポスターにも使われた。

 今回の「コートールド展」では、その森村さんの「美術史の娘」が帰ってくる。10月25日、展覧会場となっている東京都美術館の講堂で、29年ぶりに「美術史の娘」が再現されるのだ。

 募集は残念ながら終了したが、公募で選ばれた数人の一般人も、「フォリー=ベルジェールのバー」のなかの女性バーテンダーに扮する森村方式で、作品を深く知ることができるという趣向となっている。実は、2点の「美術史の娘」で使われたビール瓶やつけ腕などの小道具や背景は、森村さんが作品として保管。森村さんが制作した森村版マネの世界が、29年の眠りから覚める。

「どうして僕が『美術史の娘』の撮影セットを保管していたことがわかったのか……(笑)。90年に作品を制作して、たまたま撮ったセルフポートレートが28年後の展覧会のポスターになり、今年は、マネの作品『フォリー=ベルジェールのバー』が来日して、僕の『美術史の娘』も再現されることになった。とても不思議な“縁”を感じています」

 そう話す森村さんだが、意外にも「フォリー=ベルジェールのバー」の実物を見るのは、今回の展覧会が初めてだという。

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