ここはサーカスを上演中の劇場。そして真ん中にはカウンターに手をつく女性バーテンダー。その背後にはかなり大きな鏡があって、客席の様子、バーテンダーの後ろ姿、また彼女を口説いているかのような、男性の顔が映っている。

 森村さんは、この作品の不思議な鏡の存在にひかれ、1990年に「美術史の娘(劇場A)」「美術史の娘(劇場B)」と題して、この「フォリー=ベルジェールのバー」の登場人物になりきった2点の作品を発表している。

「鏡の中の世界と、現実の世界を融合させるトリックは、今の時代の写真作品などでも見る手法。それを100年以上昔にマネがすでにやっていたというのが、まず驚きでした。そして鏡を使うことで、単純な遠近法だけで表せない複雑な世界を見せていることに引きつけられた」

 実際女性バーテンダーに扮してみると、多くの発見があった。まずは彼女の不自然な腕の大きさだ。自身の腕をカウンターの上についてみても、手の太さや長さが足らない。このバーテンダーの強さの象徴とも言われる、顔と腕とカウンターが織りなすドーンと力強い三角形は、生身の人間ではどうやっても作れなかった。

 もうひとつわかったのは、鏡に映っているものの不自然さ。実際の鏡を置いて写真を撮ろうとしたものの、どういう角度で鏡を置いても、マネ作品と同じ風景は作れなかったという。

 そこで、“腕対策”には、中学3年生の男子の腕を借り、石膏型を取って「つけ腕」を作製。“鏡対策”として、マネの「フォリー=ベルジェールのバー」の背景を巨大なプリントにして貼り込み、さらにその上から手描きで加工した。カウンターの上の果物や酒瓶は、実際の果物や瓶に「絵画っぽい」ペイントを施して置くことにした。

「デッサンをルール通りに正確に描いた作品とは、大分違う世界だとわかりました。もうひとつ新しさを感じたのは、画面のなかのいくつかのシーンが、鏡の効果で、映画を見るように飛び込んでくるということですね」

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