10月11日から始まる来日ツアーでは、日本の青葉市子、カネコアヤノといった人気シンガー・ソングライターたちとも共演する予定だ。これまでの彼女を知らなかった新しいリスナーが、その愛らしい歌声に魅了されるだろうことは想像に難くない。

 興味深いのは、これは台湾に限らないが、こうして2010年代以降に台頭してきたアジアのインディー音楽の多くが日本の音楽に影響を受けているということだ。特に、マニアックな趣味嗜好を洒脱で粋なポップ・ソングへと昇華させていた90年代の渋谷系と言われた音楽(フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラブ、ピチカート・ファイヴら)への関心は高い。また、アニメや漫画を通じて日本の音楽、文化に触れる機会も多いという。

 もちろん、早い段階から現地へと足を運び彼の地のミュージシャンとつながることで、こうした状況へと導いた音楽家の岸野雄一氏、今や日本のバンドのアジア・ツアーのオーガナイザーもつとめる東京・青山のライブハウス「月見ル君想フ」のオーナー、寺尾ブッダ氏らの貢献はもっと讃えられてしかるべきだ。

 こうした先人たちの“開拓”も奏功し、近年は飛行機でわずか数時間という物理的に近いことから、日本のアーティスト、バンドもツアーで訪れる機会が増えている。特に東京拠点の4人組バンド、シャムキャッツのギタリストである菅原慎一は、「日本国内にツアーにいくような感覚」と、プライベートでも頻繁に台北に足を運んでいるようだ。

 近年、急速にアジアの、わけてもインディー音楽が日本でも注目されるようになったのにはいくつかの理由がある。韓国のブラックピンク、防弾少年団(BTS)といった人気グループの世界規模での成功が拍車をかけたことも、もちろん無関係ではないだろう。だが、今、元気なのはそうしたビッグネームだけではない。この10年ほどの間で、制作費が潤沢にない自主制作アーティストが、YouTubeなどの動画サイトや音源公開ツール「SoundCloud」(サウンドクラウド)などで自由に発表した楽曲を、世界中のリスナーが気軽に楽しむようになった。

 もちろん、そうした現象はアジアだけではなく世界中のさまざまな国やエリアで起こっていることだ。けれど、邪気なく制作された純粋に音楽性の高いアジアのポップミュージックは、特にアジアのインディー音楽が一部熱心なリスナー以外にはほとんど未知の領域だっただけに、リスナーにとってまるで宝の原石に出会ったような嬉しい“発見”となったのだろう。

 加えて、韓国出身の女性DJ/クリエーターのYaeji、日本に半分ルーツを持つミツキ・ミヤワキによるMITSKI(いずれも今年のフジロックに出演)といった、現在はアメリカに拠点を置くインディー・ベースの若手の活躍に見られるように、欧米でアジアン・カルチャーへの興味が高まっているのも見逃せない。日本の女性4人組のCHAI(チャイ)が海外で人気を獲得しているのも周知のことだろう。

「今アジアが面白い」のではなく、日本もアジアの一員であるという連帯感が芽生えていくこと。彼ら新しいアジアの音楽家たちの開放的な活躍を目の当たりにして思うのは、そんなフラットな意識を共有することではないだろうか。(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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