内田樹「書物文化を守りたいと思う人にとって、書物は単なる商品ではない」 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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内田樹「書物文化を守りたいと思う人にとって、書物は単なる商品ではない」

連載「eyes 内田樹」

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内田樹AERA
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

※写真はイメージ

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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *
 吉野の山中に私設図書館を開設した若い友人がいる。自宅を開放して、閲覧、貸し出しをしている。毎年数百人が他県からも来館するそうである。

 人口1700人の彼の村には書店がない。文化的な拠点としての「書物のある空間」が必要だと考えて自宅を図書館として開放した志を私は壮とするものである。

 興味深いのは、この「ひとり図書館」を訪ねる人たちの中に「ひとり書店」や「ひとり出版社」を経営する人が含まれていたことである。吉野と同じような過疎化・高齢化に悩む里山や漁村に暮らす人たちの間から「書物のある空間」を手作りする人が次々と登場してきているのである。

 メディアはこれまで出版危機と街の書店の壊滅的危機を伝えてきた。たしかに、書籍販売額も書店数も1990年代と比べると、半減した。書物にとって受難の時代が到来するという悲観的な記事を私はしばしば目にした。だが、それはあくまで経営ベースの話である。

 たしかに書物の出版頒布で金を儲(もう)けることは難しくなった。けれども、そのことは「自分の暮らす場所に書店や出版社や図書館があればいいのに」と願う人たちが減ったことを意味するわけではない。「最後の一人になっても書物文化を守りたい」と願う人たちは身銭を切ってもそうすることを私は教えられた。

 単独でも書物とのかかわりの場を維持しようと決意した人たちはそれで「食える」と思ってそうしたわけではない。別の仕事で得た収入を投じて「書物のある空間」を手作りした。彼らは市場原理とは違う原理で活動している。

 彼らにとって書物は商品ではない。書物が求めるのは読者であって、消費者ではないことを彼らは知っている。

 もし書物が商品なら、「あなたが書いた本を私が全部買い上げる」という申し出を断るロジックはなくなる。買い手がその本を読まずに裁断しようと、焚書しようと「お好きにどうぞ」と笑って言える人間にとってのみ書物は商品である。そのような人間の脳裏には「書物のある空間」を私財を投じてでも創り上げたいという願いが去来することはないだろう。

※AERA 2019年7月22日号


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内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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