高校時代に1千冊を読破 作家を夢見た皮膚科医がコラムニストとしての肩書を持った理由 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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高校時代に1千冊を読破 作家を夢見た皮膚科医がコラムニストとしての肩書を持った理由

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深澤友紀AERA
図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=楠本涼

図版=AERA 2019年5月20日号より、写真=楠本涼

 大企業の「副業解禁」の潮流を、ビジネスチャンスにしようとする取り組みが始まっている。本業に縛られることなく、収入を増やす目的で副業する人もいれば、社会貢献や人脈開拓を目的として複数の仕事や活動をする人も増えてきた。複数の仕事をこなすから、副業というより複業。「陰でこそこそ」の副業のイメージは、もう古い。自分磨きのために堂々と大っぴらにやる──そんな意識が芽生えつつある。政府が推奨するいわゆる「働き方改革」もひと役買っている。

 本業で使うお仕着せのデザインの名刺も悪くない。だが、自分がやりたいことに近づくために作る副業の名刺だからこそ、2枚目の名刺にさまざまな気持ちがこもる。

 医師とコラムニスト、二つの顔を持つ大塚篤司さん(42)も、自身が描いていた「作家」という夢に近づこうとしていた。

 大塚さんは、京都大学医学部特定准教授として診療と研究、そして学生への指導で忙しい日々を送りながら、さらにコラムニストとしてウェブで連載を持ち、SNSでも積極的に医療情報を発信している。

 基本的に朝8時から夜8時頃まで大学病院で過ごし、執筆は夜だ。以前は研究に夢中になり、日付が変わる頃に帰宅という生活で、ときには明け方に帰宅することもあった。しかし、30代前半、過労で心身を壊して半年ほど休職してからは、仲間と協力して研究を進め、一人ですべてを抱え込まないようにしている。それでも春や秋の学会シーズンには毎週末のように講演に呼ばれる。出張の移動中も貴重な執筆タイムだ。隙間時間も無駄にしないよう、スマホで原稿を書く。

 二つの肩書を持つようになったのは、一つの挫折がきっかけだ。

 40歳のとき、ある大学の教授選に出て、最終選考まで残ったが敗れた。研究業績では優位だったものの学閥の壁に阻まれた。そのとき、自分の努力ではどうにもならないことに振り回されるのはやめて、主体的に生きようと決めた。

 本当に自分がやりたいことは何か、数カ月間考えた。小さい頃からの夢の一つが「作家」だった。小学1年生で学校の図書室の本をほぼ読み終え、高校時代には3年間で約1千冊読破した本の虫。いつか書き手になりたいと思っていた。


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