稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
最近習字を習っているので、小学生の字に対抗心を燃やす。特に一番右の子の字に嫉妬(写真:本人提供)
最近習字を習っているので、小学生の字に対抗心を燃やす。特に一番右の子の字に嫉妬(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 新しい元号「令和」の出典は万葉集。具体的には、大宰府で開かれた宴で主催者が書き残した開宴の挨拶文が元になっているそうだ。

 で、この宴というのがすごい。

 イヤもちろん見てきたわけじゃないが、想像するだけでそのすごさに驚嘆せざるをえない。だってですよ、この宴は、庭に咲く梅の花を詠み比べるという趣向なのである。

 梅ですよ! 桜じゃないんですよ!

 私の知る限りでは、梅が咲くのは一年でも最も寒い季節である。今の東京ではだいたい2月。まだ春の気配の「ケ」も感じられないころである。なので、毎年梅の花が嬉しそうにポッと咲き始めるのを見るたびに、私は「いやいやいやまだ早いでしょ!」と注意したくなる。

 ところがこの万葉の方々。なんとその極寒の時期にノンビリ宴会。もちろんエアコンなんてない。これはどう考えても苦行である。しかしこの挨拶文ではこのように言うのだ。「空気は美しく風はやわらか」。いやー空気が美しいのはわかるとして、風はまだピリッピリでしょ!

 それを「やわらか」と言えてしまう感性を思う。

 それはきっと、長く厳しい冬に耐えてきたからこその、春を待ち望む気持ちである。現実の風はピリピリでも「梅が咲いた」という事実に1ミリのやわらかさを感じ取ろうという、自然に対するおそれと感謝の気持ちである。

 それを思うとき、現代の我々が、いかにこのような感性から遠く離れてしまったかを思わざるをえない。便利と快適さに慣れてしまった我々にはこのような「わずかな春」を感じ取ることはできぬ。我々は便利の代償に何か大きなものを失ったのだ。

 安倍首相は会見で、新元号に関連し「わが国の悠久の歴史、薫り高き文化、そして四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいくべきだ」と言ったそうだ。これは実に革命的な難事業の呼びかけである。個人的には大賛成である。

AERA 2019年4月15日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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