劇中には本物の母子手帳も 安田顕が語る「脚本と演技のあいだ」とは? (1/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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劇中には本物の母子手帳も 安田顕が語る「脚本と演技のあいだ」とは?

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小柳暁子AERA
映画「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」は、2月22日(金)から全国順次公開 (c)宮川サトシ/新潮社 (c)2019「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」製作委員会

映画「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」は、2月22日(金)から全国順次公開 (c)宮川サトシ/新潮社 (c)2019「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」製作委員会

 主演作が公開となる安田顕。演技派俳優として数々のドラマ、映画に出演、すっかりお茶の間でもおなじみとなったが、実は主演作は少ない。そんな安田ならではの、主役像とは何か?

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 漫画家・宮川サトシが母との最期の日々とその後を描いた『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』(新潮社)が安田顕(45)主演、大森立嗣監督(48)で映画化された。大切な人を亡くしてから、その現実を受容し回復へ向かう家族の物語だ。

「不思議なもので、ト書きに泣くと書かれているシーンでは涙は出ず、書かれていないところで涙が出ていました。泣きたいという意図はまったくなくて、役として泣けてくるというのがあって。あるシーンで、車の中で携帯電話を見て涙を流すというト書きがあったんです。『監督、これ多分そうならないかもしれません』と言ったら、監督が『いいんです、安田さんが心で泣けていればそれで』とおっしゃって」

 母親役に倍賞美津子(72)、父親役に石橋蓮司(77)、兄役に村上淳(45)、恋人役に松下奈緒(34)と演技派が名を連ねる。それぞれが迫真の演技をぶつけてくる中で、今作での安田は一貫して「受け」の演技だ。

「主役の時は絶対受けなきゃいけない。『自分、自分』だと、作品が壊れちゃいますから。『受ける』ということで、すごく喜びを得られた作品です」

 母が亡くなってから残された男3人で湖に行く印象的なシーンがある。映画オリジナルの設定で、母を、妻を失った男の三者三様の思いがぶつかりあうロングショット(引き画)のシーンだ。

「あの湖のシーンは、特に『受け』でした。村上さんのお芝居を見ていたら、俺なんかいい、ずっとムラジュンさんを撮っていてくれ! って。切り返しも撮っているけど引きでいくよな、というのはみんな何となくわかってるんですよ。だから絶対に手を抜かない。一発勝負だと思って臨んでいるし、カメラも忘れちゃうくらいでした」


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