バイオマーカーとは、生体内にあり、病気の変化や治療に対する反応に相関して指標となる物質の総称。多くは血液中のタンパク質や細胞レベルの分子などだ。廣井リーダーらが目を付けたのは、口腔内などで苦味を感知する味覚受容体の一つである「苦味レセプター43」という分子。体内の免疫細胞にこの分子が多く発現している人ほど免疫の暴走を抑制することができ、免疫治療の効果が良好なのを突き止めた。

 廣井リーダーらの研究が画期的なところは、遺伝的な要因からアプローチするのではなく、生活環境によって個人ごとに異なるバイオマーカーに着眼した点にある。この理由について廣井リーダーはこう説明する。

「花粉症はまったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児でも、1人が罹患し、もう1人はかからないということがあります。ですから遺伝よりも後天的要素が非常に大きいと考えられるのです」

 後天的要素とは、日々の食生活や歯磨き、腸内細菌、睡眠、ストレス、排ガスの吸引量など生活に関わる環境因子だ。

 舌下免疫療法のバイオマーカーが見つかったことで、免疫療法で効果の出ない人が治療前に特定できるようになる道が大きく開けた。3年かけて治療した結果「効きませんでした」という患者は少なくなり、無駄な負担を事前に回避できるのだ。

 バイオマーカーであることが判明した「苦味レセプター43」はどうすれば体内で増加するのか。詳細は不明だが、コーヒーに含まれるカフェインの摂取が有力候補の一つであることが検証済みだという。

 廣井リーダーらは現在、舌下免疫療法で治療中の治験者を追跡調査し、治療効果と「苦味レセプター43」の因果関係の医学的裏付けを進めている。3~5年後をめどに、治療過程での診断基準を明確化し、医療現場での活用を目指すという。

 廣井リーダーらが次に目指すのは、花粉症に罹患しない人や、舌下免疫療法が効いた人の口腔内に存在する細菌を分析することで、花粉症を治療する新薬を開発することだ。

 口腔内細菌の集まりは「口腔フローラ」と呼ばれ、近年話題の腸内フローラと同様、善玉菌、悪玉菌などで構成される。廣井リーダーらは、口腔フローラ中の特定の細菌が生み出す代謝物質や細胞成分が、苦味レセプターに結合することで花粉症のアレルギー症状の緩和に寄与している可能性を探っている。

 これらの物質や成分を究明できれば、画期的な新薬を生み出せる可能性がある。廣井リーダーは言う。

「私たちは舌下免疫療法の作用メカニズムを解明し、一人ひとりに適したオーダーメイドの治療法を提案したいと思っています」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2019年2月18日号より抜粋

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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