舌下免疫療法の作用メカニズム解明に挑む東京都医学総合研究所の廣井隆親・花粉症プロジェクトリーダー(撮影/写真部・松永卓也)
舌下免疫療法の作用メカニズム解明に挑む東京都医学総合研究所の廣井隆親・花粉症プロジェクトリーダー(撮影/写真部・松永卓也)
特定遺伝子を増幅する遺伝子増幅装置。舌下免疫療法を続ける患者の血液サンプルの解析に用いる(撮影/写真部・松永卓也)
特定遺伝子を増幅する遺伝子増幅装置。舌下免疫療法を続ける患者の血液サンプルの解析に用いる(撮影/写真部・松永卓也)
増幅した遺伝子を分析する電気泳動装置(左の透明な容器)と、小型遠心器(右の白い円柱形土台の装置)(撮影/写真部・松永卓也)
増幅した遺伝子を分析する電気泳動装置(左の透明な容器)と、小型遠心器(右の白い円柱形土台の装置)(撮影/写真部・松永卓也)

 つらい仕事より、嫌な上司より、むかつく隣人より憎い花粉の季節が巡ってきた。この苦しみから完全に解放されたら──。花粉症患者にとって夢とも言えるのが「根治」。「口腔フローラ」に着目した最新研究が、実現への道を大きく切り開いた。

【写真】特定遺伝子を増幅する遺伝子増幅装置

*  *  *

 滝のような鼻水。止まらないくしゃみ。精神を痛めつける目のかゆみ。思考力を奪う鼻づまりや頭痛。花粉症患者の多くが心の底から願うのが、毎年毎年やってくる憂鬱から完全に解放される「根治」だ。

 現在普及している花粉症の治療法は大別して薬で症状を緩和する「薬物療法」、レーザーで粘膜を一時的に凝固させるといった「手術療法」、そして「免疫療法」の三つ。このうち、根治を望む患者に有効なのが免疫療法だ。

 1日1回、スギ花粉の抗原エキスを舌の下に約2分間入れてから飲み込む「舌下免疫療法」は2014年からは健康保険も適用された。ただし対象はスギ花粉症とダニアレルギー性鼻炎と確定診断された患者のみで、ヒノキ花粉については薬物療法が中心となる。

 舌下免疫療法はスギ花粉から抽出した「抗原」を毎日少しずつ体内に取り込むことで、「花粉は悪者ではない」と認識する体質へと徐々に変換させ、くしゃみや鼻水などの「防御反応」が起きないようにする。初期の臨床試験では12月からの服用開始でも翌春の効き目が確認されているが、根治には2年以上かかるとされる。

 しかも、治療の効果が出ない人も全体の3~4割いるとされる。本当に効くかどうかわからない治療を、毎日、2年以上も続けるのは、なかなか苦痛だ。

 免疫療法が効くか、効かないかさえ先に分かれば──。必ず効くなら石にかじりついてでも続けるし、効かないのなら無駄な努力を省いて薬物療法や手術に切り替えられる。

「同じ抗原(スギ花粉)で花粉症になった患者さんなのに、同じ抗原を服用しても治る人と治らない人がいる。このミステリーの解明こそが花粉症の免疫治療の本丸なんです」

 公益財団法人東京都医学総合研究所の廣井隆親・花粉症プロジェクトリーダー(57)は探求心に満ちたまなざしで、こっそり秘密を打ち明けるように言った。

 廣井リーダーらは舌下免疫療法が効かない人を事前に推測する方法を研究してきた。そして昨年6月、ついにその判定に利用できる「バイオマーカー」の特定に成功し、日本アレルギー学会の国際誌に発表したのだ。

著者プロフィールを見る
渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

渡辺豪の記事一覧はこちら
次のページ