逆に、リアルよりもネット上の視線のほうが気になる人もいる。たとえば、誰が書き込んだのか明示されるSNS。自分に悪気がなくても「炎上」することがあるからだ。それを防ぐには、周囲の反応すなわち視線をうかがいながら振る舞うしかない。SNS上でいじめに遭い、自殺に追い込まれた例もある。

 言葉だけのやりとりである以上、リアルよりも慎重さが必要で、「盛る」にしても「どこまで盛っていいのか」は、自分ではなく周囲の感じ方に合わせるしかない。この状況では自信を失うばかりだ。

 SNS上の自分がどう見られるのかを過剰に意識し、気にしてしまう。デジタルメディアの接触時間がのびるほど、視線を気にする悪循環だ。

 対人経験や自信に影響するのは、デジタルばかりではない。森川さんは、教育システムも問題だという。

「教室に先生と生徒数十人がいても、先生が黒板に書いたものを生徒が写すだけ。昔から言われていることですが、これでは対人経験は深まらないし、なんの自信もつきません」

 森川さんの授業は参加型だ。ゼミなどの少人数クラスでは盛んに議論が行われるし、大教室でもユニークな手法を取る。

「教室の前のほうに特別席というのをつくって、そこに座った4~5人の学生とわたしが対話する形で授業を進めます。そこに座るとテストの点が3点プラスされるから、みんな積極的に座りますよ」(森川さん)

 座れるのは、半期ごとに1回限り。結果、多くの学生が「特別席」に座り、授業時間の90分間、教授と少人数で対話する。わずか90分とはいえ、そういった経験の積み重ねで対人経験が深まっていく。

 コミュニケーションは、視覚からスタートする。恋愛でも友人関係でもビジネスでも、多くの人間関係において、目を合わせることがすべての出発点だ。

「恋愛でもビジネスでも、視線が合わない人や自分を見られたくないと思っている人と深い関係を築こうとは思わない。視線はすべてのコミュニケーションの入り口です。人は、目を合わせることで相手の情報を得ます。そして、同じように自分の情報を相手に受け取ってもらう。視線耐性が低いと相手のことを知ることができないし、相手にも自分を知ってもらえない。それではコミュニケーションは深まりません」(同)

(編集部・川口穣)

AERA 2019年2月4日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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