是枝:それは大事だよ。自分が監督になった時に役者やスタッフとの関係に応用が利くから。

広瀬:はい。コミュニケーション術の一つでもありますし。

是枝:奈々子に一番欠けていたのは、コミュニケーションだったからな。撮るとすごくうまいのに言葉として足りなかった。それが3年間で鍛えられたんじゃないかな。

広瀬:本当にそうです。監督助手は矢面に立ちませんから。監督になって初めて感じることがたくさんありました。

是枝:奈々子には20代で監督デビューをしてもらいたかったけど、監督になるタイミングってあるんだよね。僕は奈々子の作ったWebCMを見た時に、これはもう早くデビューしたほうがいいと思ったんだ。

広瀬:でも脚本が書けなくて。西川(美和)さんが根本的なところからしっかり意見をくださり、顔を突き合わせ何時間でも付き合ってくださった。本当に助けられました。是枝さんにはある程度形になった時に見ていただいてダメ出しをいただき、また書き直しての繰り返し。何度も心が折れましたが、言われたことは全部ノートに書き出して、潰していきました。その通りだなとか、これは違うなとか。

是枝:僕は1回言ったら2回は言わないんだ。自分が言われる時のことを考えてもそう思うので。僕の言う通りのことをしてほしいのではなく、なぜそうなのかを自分の中できちんと言語化して、決着がつけばいい。それが曖昧になっていると最後まで悩んじゃうから。

広瀬:是枝さんが作家性を尊重してくださることが一番ありがたかったです。自分が「違う」と思うところが自分に大切なこと、この映画の根幹だったりするので。やっぱり、(是枝作品「誰も知らない」でデビューした)柳楽優弥さんを自分のデビュー作「夜明け」の主演に迎えることへのプレッシャーと抵抗はありました。でも、脚本が行き詰まってしまって、そんな時に柳楽さんの顔を思い浮かべたらキャラクターが動き出したんです。

是枝:柳楽君が周りの監督たちが使いたいという役者になったのは、嬉しいことだね。現場で奈々子の楽しそうな姿を見て安心したよ。映画監督は楽しくなくても楽しそうに振る舞うことは大事。それが作品全体に波及するから(笑)。

(構成/フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2019年1月21日号より抜粋