KJ法で用いる「カード」にポストイットが適していたことは疑う余地がないが、近年、あらゆる企業でポストイットを使った「ワーク」が見られるようになった背景には、さらに別の流れがある。

「デザイン思考」のブームだ。

 デザイン思考は、Empathize(共感・観察)、Define(定義)、Ideate(概念化)、Prototype(試作)、Test(テスト)のプロセスによって問題解決を図る手法で、米デザインコンサルティング会社のIDEO(アイデオ)やスタンフォード大学のd.school(ディー・スクール)が先駆けとして知られる。「イノベーション」を生み出したい企業がこぞって導入し、メディアでも取り沙汰された。

 デザイン思考を用いたものづくりの現場が紹介されるたび、必ず写真にはポストイットが写り込む。報じる側の身としてはよくわかる。カラフルで“映(ば)え”るし、「それっぽい」写真になるからだ。こうしてポストイットは、デザイン思考の象徴のような存在になっていった。

 前段が長くなったが、ここでポストイット考。デザイン思考の現状について疑問を投げかけるのは、サービスデザインや組織開発などに携わるデザインカンパニー・サイフォンの大橋正司さん(35)だ。

「デザイン思考を取り入れればいいんでしょ?と表層的な手法だけ取り入れて、やった気になっている企業は多い」

 と大橋さんは指摘する。

 取り入れた気分になりやすいのは、ポストイットというツールが、誰にでも簡単に使えてしまうからだ。冒頭の例のように、とりあえず何か思いついたものを書いて、整理して見せることは難しいことではない。

 だが前述したように、デザイン思考では最初のステップに「観察」が不可欠だ。

「ポストイットは、大量のデータから概念を抽出するために使うものです。『観察』が不十分だと、データは不足します」

 その後も落とし穴は数多ある。書いた後の掘り下げ方が浅く、バイアスがかかっている。書かれた内容の具体度・抽象度がそろっていない。正しくグルーピングできていない。書かれたものからつながりを見つけていく作業も、本来はもっと慎重さを伴うべきものだ。

 ポストイットというフレームだけ取り入れても、目的ややり方を理解していなければ意味がない。落とし穴にはまったままアウトプットにいたるケースも多いだろうが、それはデザイン思考とはかけ離れたものなのだ。(編集部・高橋有紀)

AERA 2018年12月17号より抜粋