今私たちが使っているようなカメラがまだなかった時代に、まるで写真で撮ったような視線を絵画に取り入れたこともそうだ。なぜフェルメールは、こうして現代に通じる新しい手法を事もなげに取り入れることができたのか。

「もしかして彼は、未来に行って帰ってきたのではないかと思うこともありますね。それくらい自分たちと同じ視線を持った17世紀の画家に、私たちはひかれる。そうしてフェルメールを120%楽しめるのが、現代人の私たちの得しているところですよね」
 
 原田さんが今、小説家として興味を持っていることのひとつが、フェルメールの現存作品の少なさだ。当時の美術界でユニークすぎる作品価値が認められず、捨てられたり上書きされたりしたものがあるのではないか。古いカンバスとして、別の画家に再利用された可能性があるのでは、というのが“原田説”だ。

「これは私の想像ですが、同時代のオランダの風俗画をX線で検査したら、もしかしたらフェルメールの絵が出てくる可能性だってないとは限らない。いろんな説がありますが、ミステリアスなその私生活と並んで、どのようにフェルメールの絵が散逸してしまったのか、8点もの作品が並んだ今回の展覧会を見て、さらに興味をひかれました」
 
 美術展実現の苦労を知る原田さんの持論は、「展覧会は一期一会」。世界各地の美術館を訪れてフェルメールを見るようになったのも、かつて米国での大規模なフェルメール展を見逃してしまったことがきっかけだったという。フェルメールを題材にした原田さんの小説が将来世に出ることにもわくわくしながら、このチャンスを見逃すべからず。(ライター・福光恵)

※AERA 2018年11月26日号