満員電車に交通渋滞、たまっていく未読メール。高ストレス社会を生き延びる知恵はどこにあるのか(撮影/写真部・東川哲也)
満員電車に交通渋滞、たまっていく未読メール。高ストレス社会を生き延びる知恵はどこにあるのか(撮影/写真部・東川哲也)

 怒りや嫉妬など、人々の「負の感情」が増大している昨今。駅や電車内では乗客同士や駅員への暴力、トラブルを見聞きすることも少なくない。「誰でも輝ける」というメッセージを浴び自己愛は肥大化したが、日本全体の衰退の中で輝ける場所はない。蓄積する不満の行方は。「縮む日本」に未来はあるのか。

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 嫉妬と比べ、怒りは暴力といった短絡的な行動に直結する傾向が強く、表面化しやすい。このように人びとが怒りっぽくなったのには、どういう背景があるのだろうか。

 日本社会では、思ったことをはっきり言わない、感情をあらわにしないなど、「本音」と「建前」を使い分けながらお互い配慮し合ってうまくやってきた歴史がある。しかし社会の価値観が変化し、悩みやすかったり傷つきやすかったりする点は変わらないのに、「感情を抑える必要はない」「言いたいことははっきり言う」といった考えが奨励されるようになった。精神科医の香山リカさん(58)は語る。

「でも感情を出すには相手がいる。『この人になら言ってもいい』と思った相手に対して感情を爆発させると、その人はまた次の人に感情を爆発させる。キャッチボールではなく、感情の玉突き現象のようなものが起きている気がします」

 格差の拡大やパワハラの横行などで抑圧されている人が増える一方で、社会全体が自己愛的になっていることも一因ではないかと分析する。

「『誰でも輝ける』とか『やればできる』とか、自分の無限の可能性のようなものを刺激される機会がいっぱいある。そういう中で、『こんなはずじゃなかった』と、今の自分の状態を不本意だと思っている人が多い。従来ならみんなも我慢していると思えたのが、『どうしてこの私が』という感情があるのではないでしょうか。自己愛が肥大化して持ち上げられても、社会の仕組みとしては一人ひとりが大事にされない状況になっている。ダブルスタンダードです」

 怒りを本来向けるべき相手ではなく弱い立場や筋違いの人に向けてしまうこともあり、いま自分が何に対して怒っているのか、怒るべきなのかを自分の中で仕分けする必要があると言う。

「何に対して怒りの声をあげるべきかを見極めないと、ただの憂さ晴らしで終わってしまいます」

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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