静かな環境で座禅を組んだり、読書をしたり。通い始めた当初は、移住する気持ちはさらさらなかったという。目的は東京からの「エスケープ」だった。その頃はkurkkuという環境系プロジェクトに参画。仕事先へは自転車で通勤していたこともあり、夜中の12時を回るまで働いた。

「なんか仕事したぞ、みたいな気分はあったけれど。真夜中に西麻布でラーメン食べて帰る、みたいな。仕事では健全なイメージの地球環境問題を扱っていながら、不健康ですよね」

 2009年からは千倉にある海沿いの別荘エリアにある一軒家を「週末2拠点シェアハウス」として4人で借りた。すると東京から友人が押し寄せ、夜な夜な初めて顔を合わせた同士が居間で語らった。語る内容はメンバーによって日替わり。バカ話をすることもあれば、社会問題を語り合ったり、哲学的な話で思索を深めたり。

「陸の孤島だから他にやることもないし。会話が濃いから、人とつながる密度が東京とは比べ物にならない。都心から車で2時間程度で来られるけれど、海ほたるで海をくぐり山を越えて来たっていう距離感が、人の距離を縮めるのかもしれません」

 長く通ううち、徐々に地元にも知り合いが増えた。すると、「裏山に庭と畑付きの築300年ぐらいの古民家があるんだけど、使う?」という話が持ち込まれた。その古民家が、現在十数人がメンバーとして出入りする、「ヤマナハウス」(南房総市三芳地区)だ。2500坪もある里山まるごとの暮らしを体験できる拠点で、永森さんらは「シェア里山」と呼ぶ。里山体験ツアーを企画するなど南房総での仕事が増え、13年、車で15分ほどの平群地区に一人暮らし用の住まいを借りて南房総に完全移住した。

 古民家の土間を作ろう! 里山の藪を刈ったりビオトープを作ったりしたい!と手伝う人を募るたびに、じわじわと人が集まってきた。

「こっちに家を借りていたり、週末だけ移住者の家に泊まっている人だったり。とにかく週末は皆わーっと集まって作業して、平日には普段通り東京で仕事して、という人もいます。手伝ってくれているのに、『ありがとー』って東京に帰っていくんですよ。僕らは、『DIYマフィア』って呼んでいて」

都会の人が南房総に吸い寄せられるのはなぜ? 永森さんは言う。何でも「完成形」でサービスされる東京に比べて、南房総には人が手を貸す「スキマ」があるからだと。(ノンフィクションライター・古川雅子)

※AERA 2018年10月8日号より抜粋