仕事帰りには、乗り換え駅でもある渋谷で飲む機会が多い。渋谷駅から逗子駅への終電は23時39分。ただし、混んだ車両は避けたいと、狙いは終電1本前に。飲み会の2軒目は、1杯だけ付き合って帰ることにしている。

「飲み会の2軒目、3軒目は諦めました。海辺のゆるゆるとした空気は、それ以上に手に入れたかったものだったんです」

 美和子さんは、趣味が完全に変わった。買い物が大好きだったが、今は「朝ヨガ」。気候のいい時は、「ビーチヨガ」。

 予想外だったのは夫の変化だ。

 ホテルなどの特注家具を設計するデザイナーの隆洋さんは、新橋の会社まで長距離通勤する生活から早々に退散。昨年には家具デザイン事務所を起業して、自宅でのSOHO暮らしに切り替えた。収入は3倍になった。

「移住して完全に手放したのは、タクシーで帰宅すること。どこからでもタクシーで帰れた頃は、夜中まで浴びるようにお酒を飲んで、健康診断にひっかかっていました。手に入れたのは、健康ですね。今は僕が朝からパンを焼いたりしています」

東京生まれ、東京育ちながら、5年前に千葉県南房総市に完全移住した永森昌志さん(41)は、南房総と東京都心で仕事をする2拠点ワーカーだ。

 南房総では、もともと東京で起業したウェブプロデュースの仕事や南房総への移住ツアー、里山の場づくりやイベント企画などを行う。関係者との打ち合わせやPCワークが多い。時間があれば、草刈りや古民家のDIYにいそしむ。夜は薪の風呂に入る。月に1、2回通う東京では、シェアオフィス「HAPON新宿」の共同創設者として、経営と運営の仕事に従事している。

 11年前、東京と南房総に滞在する比率は9対1と、対比は逆だった。生活拠点は港区芝で、職場は原宿に。週末の気の向いた時だけ南房総へ赴いた。最初は館山に住み、海沿いに1Kのアパートを借りた。

「房総半島の先っぽ、海が眼前に迫る陸の突端という際(きわ)感がたまらなくて」

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