両首脳がともに長期政権で培った基盤を足場に歴史的な妥協をし、それぞれの国民に理解を求める──。安倍氏の側近らはそんなシナリオを語ってきた。

 だが、プーチン氏の今回の発言は、自分は譲らないとロシア国民に宣言する一方で、安倍氏が日本国民の理解を得るための基盤を揺るがしたようなものだ。

 そこを穿(うが)つような指摘も日本政府内にある。安倍氏は今回の総裁選が「私にとって最後」と9月10日に言ってしまった。プーチン氏にすれば、3年の総裁任期で身を引くリーダーと領土交渉などできるかというわけで、12日の発言でよく言えば安倍氏に発奮を促し、悪く言えば三行半(みくだりはん)を突きつけたという見方だ。

 プーチン発言に対する安倍氏の反応は痛々しい。

 総裁選で出演した民放の番組では、「領土問題を解決してから平和条約を締結する。何回も大統領に申し上げていますが、それをわかった上で変化球を投げてくる」と説明。変化球どころかビーンボールだが、それで乱闘しても領土は還(かえ)らない。

 安倍対ロ外交は詰んだのか。実は、そうは言い切れない。安倍氏が16年5月にプーチン氏に提案した「新しいアプローチ」の中身が、いまだにきちんと説明されていないからだ。

「新しいアプローチ」については、16年12月の首脳会談で合意した北方領土での共同経済活動のように、経済協力を優先させるという面がある。ただ、首相周辺は「過去の経緯にとらわれず交渉することだ」とも語る。

 それはどういうことか。「過去の経緯」がもし56年宣言以来の合意の積み重ねを意味するなら、話は全く違ってくる。安倍氏と一対一の会談を重ねてきたプーチン氏の今回の発言は、「新しいアプローチ」によるサプライズの伏線かもしれない。

 安倍氏は領土問題解決を平和条約の前提とする原則は変わらないと言う。ただプーチン発言の「年末まで」に呼応するように、総裁選中の討論会で自身の3選を見越してこうも語っていた。

「平和条約が必要だという意欲が示されたことは間違いない。今年の11月、12月は重要な首脳会談になっていく」

(朝日新聞専門記者・藤田直央)

AERA 2018年10月1日号