献立の食材は決まっているが、それを煮るのか焼くのか、アレンジは当番に任されていた。


「だから皆、自分しか知らない、聖上が好きな“隠し玉”を持っていた。仲間だけどライバルでもあるから教えないんです」

 しかし、その料理の感想を陛下から直接聞くことはない。厨房で完成した料理は、陛下が食事をする吹上御所の厨房に運ぶが、そこから先は配膳係や女官が引き継ぐからだ。昭和天皇と皇后陛下が向かい合って座るテーブルまで運び、料理の説明をするのは女官長の役目。料理の評価は皿の残り具合と、女官が見た情報を伝え聞くのみだ。

 それは献上品として届いた鮎の調理を工藤さんが担当したときのこと。鮎の香りを残しつつ目新しい調理法はないかと考え、千切りにしたじゃがいもで鮎の切り身を包みバター焼きにした。すると、後片付け中に女官長がやってきて、こう言った。

「あなたが工藤さん? 陛下からお言付けがございます。昼食の鮎の料理がおいしかったと当番の人に直接伝えるように、と」

 工藤さんは厨房で泣いた。

「そんなことは滅多にないから。その場で辞めても悔いはないと思うくらいの出来事でした」

 そんな鮎料理やカレー、いか粉などのレシピも載っている。家庭で作るコツを聞いた。

「2回目までレシピ厳守で、3回目は自分流で作ってみて。3回作ると料理が自分のものになる。それでもうまくいかなかったら店に来てください(笑)」

(ライター・大道絵里子)

AERA 2018年9月3日号