

タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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8月26日まで東京・新宿で開催されている「ダイアログ・イン・サイレンス」というイベントに行ってきました。一切音のない世界を体験する90分。聴覚障害者の方に先導されて、言葉を使わずにさまざまな課題にチャレンジし、他の参加者とのコミュニケーションを図ります。
私が参加した回をアテンドしてくれたのは、大橋弘枝さんという、俳優としても活躍する女性。参加者との会話は手話ではなく、身ぶり手ぶりのみです。
最初は参加者たちは大橋さんの言わんとしていることがわからなかったり、モジモジしたりしていました。でも次第に、大橋さんの豊かな表情や身ぶりから、彼女の意図を読み取れるように。おしゃべりナシの世界を体験してみて、自分がいかに言葉に依存していたかを知りました。きちんと目を見て、相手の気持ちを想像しながらわかりやすく表現する。普段はそれがかなりおざなりになっていたことに気づいたのです。
面白かったのは、参加者が3人一組になってやるゲーム。箱を挟んで2対1で座り、2人は箱に貼り付けられた写真を見ながら、その通りに箱の中身を並べるよう、写真の見えていないもう1人に指示を出すのです。
「オレンジ色のお皿に食パン2枚を重ねたものとクロワッサンを並べて置き、その手前に水色のお皿にのった目玉焼きを置き、その右にスプーンとフォークを並べ、パンの並びにコーヒーカップとソーサー、その隣にピッチャー」。これを身ぶり手ぶりで伝えるのです。伝える方も読み取る方も必死。
やりながら、かつてペルーに行った時に英語が通じないので、ジェスチャーで「トイレの紙がないので新しいのを下さい!」と懇願したのを思い出しました。
音のない世界は、しゃべり慣れた言葉の通じない世界。聴覚障害者の気持ちを知るだけでなく、異国で1人になった時の疑似体験でもあります。人は実は言語以外のものをたくさん読んでいるのだな、と知った夏でした。
※AERA 2018年8月27日号