客室は1階と2階に3畳の客室が12室、2畳の客室が2室ある(いずれも畳敷きの和室)。この3畳・2畳というスペースは簡易宿泊所の個室スタイルの基本でもある。ビジネスホテルや旅館に比べればかなり狭いイメージを持たれるかもしれないが、実際に部屋に入ってみると3畳というのは結構ゆったりとして十分くつろげる。

 それでもただ泊まって寝るだけの殺風景な空間、それが一般的な簡易宿泊所である。そこへ「日進月歩」はある実験を試みた。それは各方面から馳せ参じたアーティストたちが、各部屋の壁や共用部分に丹精込めてさまざまな「作品」を描き、何の変哲もない宿をアート空間に創り替えることだった。客室や共用空間が鮮やかな「作品」に一変したことで、愛着も湧いてくる。

 ある客室には花札の絵柄が、またある客室には夜の川崎をイメージ、というふうに「作品」には共通のコンセプトがある。それは川崎という街の歴史が持つ「らしさ」を生かすこと、その「らしさ」を各々のアーティストが読み込むことで、異なる世界でありながら、親和的な空間が出来上がる。好き勝手に何でも描いているように見えて、バランスを感じるのはそんな想いが投影されているからだろう。「日進月歩」の運営管理を担当する「相楽ホーム」の吉崎弘記さんに話を聞いた。

「これまで6人のアーティストにそれぞれ『日本と川崎』をテーマに、自由に発想して描いてもらいました。ミッションは『100年後の街づくり』です。宿は旅人が出会う場所。そこで人と人がつながり、川崎という地域とつながることができないか。共用スペースも旅人同士がくつろぎながら交流の場として活用できるようにと工夫を凝らしています。今後はここで物販とか個展、地域の子どもたち向けの絵画教室や、カフェなどもやってみようとか、さまざまなイベントも考えています」

 女性客の比率も高い。このゴールデンウィークでは半数が女性客だったそうだ。女性が安心して利用できるよう工夫もなされている。また、これまで利用した女性客の多くが「おばあちゃんの家に来たみたい」だと感想を述べたという。ホテルと違って、話し声や生活の音があふれているところも、風通しがよく心地よい。長期滞在者もいれば、さまざまな国からのバックパッカーも訪れる。共用部や部屋のアートは今後も増やす予定で、新たなアーティストも募集中とのことだ。

 簡易宿泊所のリニューアルにこれだけの夢と可能性があったとは新鮮な驚きであった。「日進月歩」は、この街に新風を吹き込んだ。それは快適な安らぎ空間で人と人とが出会い、街が活性化する未来像を示唆するものだ。「流れ者」を受け入れてきた川崎にこそふさわしい。(ライター・田沢竜次)

AERA 2018年5月28日号