AI時代の“ネオアホ”問題で考える「戦ってはいけない人たち」 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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AI時代の“ネオアホ”問題で考える「戦ってはいけない人たち」

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福光恵AERA

たむら・こうたろう/シンガポール国立大学兼任教授。1963年鳥取県生まれ。米エール大院修了。元参議院議員(2期)。シンガポール在住。『頭に来てもアホとは戦うな!』(朝日新聞出版)は37万部のベストセラーに。本の詳細ページはこちら(撮影/写真部・小原雄輝)

たむら・こうたろう/シンガポール国立大学兼任教授。1963年鳥取県生まれ。米エール大院修了。元参議院議員(2期)。シンガポール在住。『頭に来てもアホとは戦うな!』(朝日新聞出版)は37万部のベストセラーに。本の詳細ページはこちら(撮影/写真部・小原雄輝)

 一方、困るのは、相手が自分にとって必要な人だった場合。相手のミスリードや自己中な解釈をスルーすれば、読まずに食べた白ヤギさんと黒ヤギさんみたいなもんで。両者の誤解は広がるばかりとなる。

 しかも、正面からツッコミを入れても、遠回しにツッコミを入れても、どうやっても気がつかないのが、この手の人たちのおめでたいところ。この場合、自分ひとりで戦うことは諦めて、誰かに間に入ってもらうなどして、集団で戦いを挑むのがいいそうだ。

 とはいえ田村さんは、アジアで暮らし始めて、読み解く力のない人の鈍感ぶりにも、尊さを感じるようになったという。

「そもそも外国人には、人の話なんてハナから聞いていない人も多い。言葉もバックグラウンドも違うので、読み解く力なんて望めません。日本人同士のようにいつもセンサーを磨いて、すべてを読もうとすると、くたびれ果ててしまいます」

 自分の解釈を信じて、非難されても打たれ強く、びくともしない。そんなトランプ大統領のような、人の気持ちや状況に対する読解力のなさも、一種の才能と思えるようになった。へんに深読みしてへとへとになるより、あえてセンサーをしまう厚かましさが、ネオアホの極意ということか。

 ちなみにビジネス書にしては「女性読者も多い」という同書。自分にとって、もっとも話が通じないネオアホと言えば、やっぱり夫だろう。スルーしたいが、生計を一にする運命共同体。くたびれるけど、あえて教育的指導をしてあげていること、ありがたく思うように。(ライター・福光恵)

AERA 2018年4月16日号


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