Aktan Arym Kubat/1957年、キルギス・キントゥー村生まれ。98年に長編劇映画デビュー作「あの娘と自転車に乗って」がロカルノ国際映画祭で準グランプリ。初主演作「明りを灯す人」(2010年)も国内外から高い評価を受けた(撮影/写真部・小原雄輝)
Aktan Arym Kubat/1957年、キルギス・キントゥー村生まれ。98年に長編劇映画デビュー作「あの娘と自転車に乗って」がロカルノ国際映画祭で準グランプリ。初主演作「明りを灯す人」(2010年)も国内外から高い評価を受けた(撮影/写真部・小原雄輝)
「馬を放つ」は東京・岩波ホールほか全国順次公開中。岩波ホール創立50周年記念作品第2弾
「馬を放つ」は東京・岩波ホールほか全国順次公開中。岩波ホール創立50周年記念作品第2弾

 キルギスを舞台に、自ら主演し、世界的な評価を得ているクバト監督。前作に引き続き、変わり者の主人公を自ら演じる。「時代遅れ」に見える彼らの姿を通して伝えたいものとは。

【映画「馬を放つ」の場面写真はこちら】

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 主人公は現代のキルギスに暮らすケンタウロス。真面目に働き、妻と幼い息子を養う彼は、深夜に人の厩舎に忍び込み、馬を盗んで野に放つ。なぜそんなことをするのか? アクタン・アリム・クバト監督は話す。

「これは私が生まれ育った村で実際に起こったことです。犯人はすぐに見つかりましたが『なぜそんなことをしたのか?』と問いただしても、本人はなぜだか説明できないのです」

 監督はケンタウロスの動機を、彼が幼い息子に聞かせる伝承にしのばせる。それはキルギス人の祖先である遊牧民が、馬とともに生きた時代の物語。闇夜に紛れて野に馬を放つケンタウロスの姿は、現代のキルギスが失った精神の象徴でもある。

「キルギスは1991年にソビエト連邦から独立した新しい国です。しかし概して新しい国は経済発展しか考えず、文化のことを忘れてしまう。例えば最近、金が発見され、美しい湖が容赦なく爆破されてしまいました。しかもその採掘による利益は一部の人間の懐にしか入らない。彼らは自分の国のルーツや伝統、美しい自然がどれだけ大事なものかをわかっていないのです。でもこれはキルギスに限ったことではなく、世界中で起きていることではないでしょうか」

 前作「明りを灯す人」では村の人々のために電気を引こうと孤軍奮闘する電気工を演じた。今回のケンタウロスも、自分の良心と信念に従って行動する男だ。そんな彼らの姿は周りから変わり者と見られる。

「彼らは一見、時代遅れの人物に見えるかもしれません。でも彼らは未来のことを考えているからこそ、伝統や習慣を大事にし、次世代にその知恵を伝えようとしているのです。それに自分の良心に従って行動するのは普通のこと。それなのに、変わり者に見えてしまう。残念ながら、それが今の世の中なのです」

 主人公はいずれも、悲しい最後を迎える。

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