「素質がある人は何でもすぐにできてしまうから、言語化して覚える必要がない。結果的に言語能力が鍛えられない。高いレベルに行くとこのことが足かせになり、伸び悩む傾向がある」

 だからこそアスリートは、自ら高い目標を掲げ、自分を引き上げてくれる厳しい環境に身を置く必要があるのだ。

 9年連続で大学ラグビー日本一に輝いた帝京大学ラグビー部。オフの日以外、朝食後はいくつかのチームに分かれて「朝ミーティング」を行う。選手はそれに備えて、前日の夜に考えたことをノートに書きとめておく。

 今季の選手兼学生コーチで新4年生の吉川浩貴(21)は、新シーズンに向けてこう書いた。

「自分を変えたい。3年間、周りを気にしたり、隠れて逃げたり、自分で自分の成長を止めてきた。そんな自分を変えたい、成長させたい」

 御所実業高校(奈良県御所市)時代、全国高校選手権で準優勝したチームのキャプテンだった吉川は、帝京大学入学後、試合に出られない自分に向き合えなかった。吉川は言う。

「正直に自分と向き合ってみようと思い書きました。頭の中で思うだけで終わるよりも、書いたほうが考え続けられる」

 前出の篠原さんも言う。

「書くことは何かを吐き出すこと。不安は吐き出したほうがいい。吐き出せば、明日からこれをやればいいという解決策へつながっていく」

 ノートはコミュニケーションツールにもなる。

『チームスポーツに学ぶボトムアップ理論』の著者で、広島県立安芸南高校サッカー部を率いる畑喜美夫監督は、部員に2冊のノートを書かせている。練習や試合を振り返り、次につなげるために考えたことなどを書き込む一般的な「スキルノート」。そして、サッカー以外の近況報告が中心の「コミュニケーションノート」。後者は生徒との交換日記のようなものだ。

 自身が選手だった時代に比べ、スポーツで人間形成がしにくくなったと感じて、導入した。

「以前は、スポーツをやればほうっておいても思いやりを持てたし、正義感のある子どもが育った。でも今は、『うまければいい』となりがちだ。ノートは生徒が僕に本音で話せる場所。こちらも口では言えないことを伝えられる」(畑さん)

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