遺伝子治療では、人工的に作られた正常な遺伝子を体内に入れて、これが異常遺伝子の代わりとして働く。一方でゲノム編集は、自分のDNAの欠陥部分をスポット的に修復するというイメージだ。

 特にゲノム編集は12年、米国のジェニファー・ダウドナ博士とフランスのエマニュエル・シャルパンティエ博士が発表した「クリスパー・キャス9(ナイン)」と呼ばれる新技術を機に研究が急速に広まった。キャス9は、欠陥部分を標的として、自動的にハサミを入れて切断する機能がある酵素だ。この時、正しい場所でハサミを入れないと、正常なDNAを切断する「オフターゲット」が起こり、大問題となる。

 昨年のノーベル医学生理学賞の候補にもなった両博士の新技術では、切断したい標的へ自動的にガイドしてくれるRNAを使い、ハサミを正しい場所へ簡単に誘導できるようになった。これで研究が一気に活発化した。

「RNAはDNAの配列を認識し、DNAにくっつく能力を持っている。ハサミを入れたいところにぴたっとくっついて、そこにキャス9を誘導する。これが画期的だ」

 キャス9を使った研究の最前線にいる東京大学大学院理学系研究科(東京都文京区)の濡木理(ぬれきおさむ)教授は、そう説明する。標的となるDNAの配列を認識するRNAを人工的に作り出すことで、マッチさせる。配列さえ正しく変えれば、どこへでもハサミを運んでくれるし、そうしたRNAを作るのは難しくないという。

 濡木教授によると、両端からハサミを入れて切断された欠陥部分は、つぶれる(ノックアウト)。また、切断した欠陥部分と同じ配列のDNAが近くにあると、切断したものに代わって自動的に組み込まれる(ノックイン)。欠陥部分と同じ配列の正常なものを人工的に作り、キャス9とガイドRNAといったゲノム編集の道具と一緒に体に入れると、切断された欠陥部分と自動的に入れ替わるというから驚きだ。こうした技術を医療で応用し、欠陥を矯正することで、遺伝性疾患の根本治療につなげようとしているのがゲノム編集なのだ。

 キャス9やガイドRNAといったゲノム編集の道具一式を自動的に臓器に運ぶデリバリー技術の研究も進んでいる。特定の臓器に感染しやすいウイルスで、病原体のないものを使うという。そのウイルスの中にゲノム編集の道具や人工的に作った正常遺伝子などを入れ、静脈注射すると、ウイルスが感染しやすい臓器に自動的に運んでくれる。臓器に運ばれたキャス9はガイドRNAによって標的に導かれ、自動的に欠陥部分を切断するという流れだ。

 濡木教授によると、肝臓や脳神経、筋肉へは、高い確率で運んでくれるデリバリーウイルスが研究されているが、その他の臓器は今後の課題。特定のデリバリーウイルスがない臓器の場合、カテーテルなどを使ってゲノム編集の道具を入れることになるという。(編集部・山本大輔)

AERA 2018年2月12日号より抜粋